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第2話

「は……?久弥の声が出なくなった?それはなんの冗談だよ。全然笑えねぇんだけど?これから生放送なうえに、二ヶ月後には全国ツアーも控えてるんだぞ?久弥が歌えなかったら誰が歌うっていうんだよ?!!」 激昂した声と共に、今しがた重大な発表をした高倉(マネージャー)の胸ぐらを蓮が掴み上げる。 テレビ局内にあてがわれた控え室の椅子に座っていた久弥()は、それをどこか他人事のように眺めていた。 時刻は午後九時を示そうとしており、もうすぐ音楽番組の生放送が始まることを告げている。 生放送とは言えテレビだから、歌えなければ予め撮っていた音源と差し替えればバレないだろうが、そうなればテレビの前の視聴者はどうにか騙せても、相方である蓮には隠しておけないだろうという判断で、急遽告げることになった。 蓮には知られたくなかったが、言わざるを得ない状況だった。 普段めったなことでは感情を表に出さない高倉が盛大なため息をつき、張り詰めた控え室に広がっていく。 「冗談でこんなこと言うわけがないだろ…。最近喉の調子が悪いのは気がついていたが、私も単なる風邪だろうと思って侮っていた。昼に久弥からメールをもらって急いで事務所に駆けつけた時にはもう、全く声が出ない状態だった。すぐ病院に連れて行って検査したが声は戻らなかった。医者によるとおそらく心因性ーーーつまりストレスが原因だというが、本人に聞いても思い当たる原因を言おうとしないんだ。こっちだってお手上げなんだよ。とにかく、久弥には療養が必要だ。幸い、予定(スケジュール)をどうにか調整して明日から三日間は完全オフにしたから、しばらく久弥は私が預かる。お前もそのつもりでいてくれ」 これは決定事項だと付け加えられた一言に、蓮の目がますます怒りに燃える。 「は?俺の許可なく何勝手に決めてんだ、ガチで意味がわかんねぇんだけど?なんでアンタに久弥を預けなきゃなんねぇんだよ。アンタも知ってるはずだけど、俺と久弥は一緒に暮らしてんだ。だったら久弥は俺が面倒見るのが道理だろ」 高倉を掴み上げている蓮の腕にますます力が入る。かなり苛立っているのがわかるが、今の俺には取りなす気力もない。 気分屋の蓮の怒りに慣れている高倉は動揺することなく、大人として冷静に対応した。 「本当に意味がわからないなら、敢えて言う。あくまでこれは私の個人的な見解だが、お前のそばにいると久弥の声は治るどころか悪化する危険があると判断した。だからしばらく久弥は私が預かる。久弥も了承済みだ」 確かにその通りなのだが何もそこまで言わなくてもと思った矢先、蓮が俺を鋭く一瞥した。 「それは本気か、久弥。お前俺と居たくないのか?どうなんだよ、答えろ!! 」 怒りの矛先が完全に自分に向いたのを自覚しつつ、俺はそれでも小さく頷いた。 一緒に居たいけど、今は居たくない。 一緒にいると楽しいけど、今はそれ以上に辛い。 一緒にいると笑いたいのに、どうしても泣きたくなる。 (だって、お前のそばにいるのは俺じゃなくてもいいんだろ?お前の心には、もう俺の居場所は残されてないんだろ?) 蓮にとって楽しさも嬉しさも共有するのは俺じゃなくてよくなったのは、いつからなのか俺は知らない。 歌と同じくらいお前を好きだった今の俺に、こんな気持ちでお前の書いた新曲(ラブソング)を歌えるわけない。 蓮が好きなんだという気持ちが枯れ果てそうな今の俺に、蓮の書いた(ラブソング)は歌えない。 お前のそばにいると辛いだけだ。 だから、一緒になんて居たくない。 どこで間違ったんだろうなーーーと自問自答しつつ、俺はもう一度大きく頷いた。 「ああそうかよ。分かった。もういい。お前の好きにしろ!!」 吐き捨てた蓮は控え室の扉を乱暴に開け、控え室から姿を消した。 想像通りの反応に、俺は自然と笑いがこみ上げてくる。 (ホント、俺より一つ年上のくせして、そういう子供っぽい所は何年経っても変わらないよな) 扉の向こうに消えた背中を見つめていると、高倉が俺に言葉をかけてきた。 「久弥、これで本当にいいのか?お前に言われた通りホテルを抑えてはいるが、今の状態のお前を1人にするのを、私は納得してないんだがな?」 俺は手にして居たスマホに、文字を打ち込んで画面を見せる。 『迷惑かけてすみません。それと三日も休みくれてありがとうございました。俺は1人で大丈夫なんで、気にしないでください。1人で考えたいこともあるし、気持ちの整理がしたいんです。声は俺の気持ちの問題だと思うから、何としてでも元に戻すので、少しだけ待っててください』 「何があったか私にも聞かせてくれる気はないのか?」 俺は高倉に曖昧に微笑んだ。 そして俺は『大丈夫です。三日だけ、俺のわがままを許してください』とだけ、返事をした。

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