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第3話
室内だとは思えないほど眩しい光を浴びながら、俺は口元に笑みを浮かべた。
司会者の女性がマイク片手に出演者一人一人に声をかけている。ようやく番組の終盤に差し掛ったのだ。
「Schicksal のお二人もありがとうございました!」
「ありがとうございました」
蓮が先ほどの不機嫌さを微塵も感じさせない完璧な笑顔でにこやかに応える横で、俺もファンに届くようにと飛び切りの笑顔をカメラに向ける。
顔には出さないが、どうにかバレずに収録を終えることができた事に対する安堵感が胸に満ちていた。
外では猛暑のせいで夜でも気温が下がらず、汗をかくほどの熱気だというが、ここは冷房が効いたスタジオ内だ。
なのに俺は野外にいるのと変わらないほど汗をかくほど緊張していたが、これで終わる。
トークタイムも俺は一切喋らず、全て蓮が請け負い、言葉巧みに場を沸かせてくれたおかげで不審に思われている気配がなかったのは幸いだった。
もともと俺は喋りは苦手だと周囲も認識していて、蓮が主となって進めて行くのがライブでもテレビでもお馴染みとなっていたのが功を奏した。
収録も無事終え、出演者がはけていくのに合わせ、蓮とともに楽屋に戻る。
「久弥、悪いんだが急用ができた。ホテルまで送ってやれない。代わりにタクシーを手配してあるからそれで向かってくれ。それと到着したら連絡を。念の為にあとで様子を見に行く」
控え室で待機していた高倉に耳打ちされ、俺は了解ですと小さく瞬きをした。
蓮をちらりと伺えば既に衣装を脱ぎ捨てており、さっさと帰り支度を済ませようとしていた。
(これから1人でマンションに戻るのかな?いや、もしかしたら俺が帰らないって分かってるから、誰かと一緒かもな……)
俺を一瞥する事なく出て行ってしまった蓮の隣に見知らぬ人の影を見た気がして、湧き出る黒い感情に飲まれそうになる刹那、俺はそれを断ち切るように衣装を脱ぎ捨てた。
(君の細い指にそっと口付ける
愛してる愛してる愛してる
あどけない寝顔を見つめ
何度も君に愛を囁きながら
僕は世界で一番幸せなんだと噛みしめる
ーーーだったっけ。毎日一緒にいるのに、俺は蓮から愛してるなんて一度も言われたことないのにな……)
蓮と俺は友達以上のはずだ。
そして、Schicksalのメンバーであり、唯一無二の同志。
(でも、恋人じゃない……)
それが不満なのは自分だけで、蓮はそれでいいと思っていて、でも今の俺はそれじゃ満足できなくて……。
(なぁ、蓮。この歌詞はいったい誰のために書いたんだ?)
今夜歌うはずだった新曲『endless Love』の歌詞を脳裏に思い浮かべつつ、俺は1人静かに控え室を後にした。
ホテルに到着し、約束通り高倉にLINEを送る。
しばらく待ったが既読がつかないところを見ると、まだ仕事中なのだろう。
あとで様子を見にくると言っていたから、それまで起きていた方がいいだろうなと思い、とりあえず汗を流すべくシャワー室に向かった時だった。部屋のチャイムが鳴ったのは。
(高倉さん?……でも既読になってないけど)
もしかして気がついてないだけか?と首を傾げていると、今度はノック音が数回響いた。
それは誰が来たか音でわかるようにと俺たちが予め決めていた方法でーー。
だから俺は誰か確認する事なく鍵を開けた。
でも、それが迂闊だった。
目の前には高倉ではなく、眉間にシワを寄せた蓮が仁王立ちしていた。
(な、んで、ここに…?)
目を見開いて驚きを露わにした途端、蓮はこれ以上ないほど目を尖らせた。
「……お前は馬鹿か?その様子だと、どうせ誰が来たか確かめもせずに開けたんだろ?いっつも言ってんだろ、確かめもせずにドア開けてんじゃねぇよ!!」
思考が完全に止まったままの俺に構わず、半開きになったドアを蓮の長い指にこじ開けられる。ドアと共に突き飛ばされ、気がついた時には蓮は部屋に入ってしまっていて、おまけに鍵までかけられていた。
胸ぐらを掴まれ、蓮に無理やり立たされた俺は唯一の脱出経路であるドアに押し付けられ逃げ場をなくす。
「なぁ、久弥。お前の声が出なくなったのは俺のせいか?」
『違う。蓮のせいじゃない。蓮は関係ない。これは俺の問題だ』
蓮に胸元を掴まれたままだからほんの少し首が絞まって苦しいが、それでもどうにかポケットからスマホを取り出して、言葉を打ち込んだ。
「関係ない?……いい加減にしろよ、久弥。お前がこんなことになってんのに、俺に関係ないわけねぇだろ!」
ダンっと身体を押し付けているドアを蹴られ、俺は反射的にビクッと肩をすくめた。
蓮は短気だが、でも一度だって俺に手をあげた事はないから恐怖はなかった。
『何でそんなに怒ってるんだよ…。歌えない事がもどかしくて俺がキレるならまだ分かるけど、蓮がキレてる意味がわからない』
それを素早くスマホに打ち込むと、蓮にこれ以上ないほど睨まれた。
「お前こそ、わかってねぇだろ。俺はな、お前にendlessLoveを歌って欲しくて書いたんだよ。今まで一度だって書いたことのないラブソングを書いたんだ!ここまで言えばいくら鈍いお前でもいい加減分かるよな?」
(あれは、俺の為に書いた?じゃあ、あの歌詞はどこかの誰かに向けたものじゃなくて、全部俺に宛てたものってことなのかーーー?)
蓮の目は嘘をついているようには見えなかったが、俄かには信じられない台詞だった。
だってそうだろう、蓮と抱き合っている最中だって一度だって愛してるどころか好きとすら言われた覚えがないんだから。
蓮は歌詞に、己の実体験を織り込む癖がある。
だから、てっきり誰か好きな人ができたと思ったのにーーー違うっていうのだろうか?
「おい、まかさとは思うが、マジで気がついてなかったとか言わねぇよな?勘弁しろよ……俺の気持ちを全部詰め込んだのに、肝心なお前に届かないんじゃ意味ねぇだろ!!」
蓮に間近で怒鳴られ、思わず俺はムッと眉根を寄せた。
口で言い返せないのが、滅茶苦茶不便だが、言われっぱなしは癪だ。
高速でスマホをタップするのがこんなに大変だと初めて知る。
『だって蓮、一度だってあんなこと言ってくれたことなかっただろ?!俺にくれた言葉だって、言ってくれなきゃわかんないっての!!俺はエスパーじゃないんだよ!!寝てる俺に愛してるって言えるなら、面と向かって言えっての!!』
「はぁあぁあ!?お前やっぱり馬鹿なんだろ。言わなくたって態度で分かれよ。誰がどう見たってお前のために書いた曲だっての!あのお堅い高倉だって一発で『おい、これはお前達の事だろ?』って冷やかしてきたぞ。なのに肝心のお前が気がつかないとかあり得ねぇだろ?!!」
ーーーいや、悪いけど本気で気がつかなかった、とは流石に言えない。
だが、声が出なくなるほどのショックを受け、体調不慮に陥り、今なお声が戻らないのは、勝手に勘違いをした自分のせいだけじゃない。肝心な時に言葉が足りない蓮のせいだ。
それだけは断言できる。
(でも、うん……蓮が他の人を好きって訳じゃなくてホッとした。本当に良かった……)
散々叫んで体力を消費しきったのか、胸元を掴んでいた蓮の指が緩み、俺の頬へと寄せられる。
今や悔しそうに歪んだ蓮の顔が何だか笑えて、この上なく愛おしかった。
「何笑ってんだよ、気持ち悪りぃ。それにお前、俺にばっか言わせてんじゃねぇよ…。ズルしてんじゃねぇーし」
(はいはい、分かってるよ。何度も言わなくても、蓮が俺を好きなんだって十分伝わったから)
『俺も蓮に直接言ったことなかったから、声が戻ったらちゃんというよ。蓮を愛してるってさ。だから今はこれで勘弁してよ』
もどかしい気持ちを抑えながらどうにか打ち込み終え、それを蓮に見せつけた直後、俺は目の前にある蓮の顔を思いっきり引き寄せた。
「ちょ?!おまっ、いきなり何すんーーーんんぅ?!!」
いいから、少しだけ大人しくしてくれよと、俺は問答無用で蓮の唇を奪った。
(この口は普段よく回る癖に、いざという時ほど役立たずなんだよな)
すっかり忘れてたな、なんて、思いつつ、俺は目を白黒させている蓮に構わず熱烈なキスを仕掛けた。
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