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第78話 階段下の秘め事
じわじわと日差しが肌を焼く夏の日、
夏休み直前の学校では大掃除が行われていた。
決められた班で割り当てられるその行事が
月乃はそれほど好きではない。
掃除が嫌いなわけではなく、
班に別れる、協力する、という工程が苦手で
大抵は友人同士でふざける周りの代わりに一人で黙々と掃除をするだけだった。
「なあ、黒崎ってさあ、
あいつとどこまでいってんの?」
「…………あいつ?」
しかし、今年は違う。
なぜか、同じ班になったチャラついたクラスメイトに囲まれ、掃除の手を止められながら
にやついた顔で質問を繰り返されている。
目の前の数人の名前すら思い出せなかったが
月乃の眉間の皺も、無愛想な声音も
全く気にしない様子に、月乃はひっそりため息をつく。
「あいつだよ、ほら、駿河!
お前らすげー距離近いじゃん?
ぶっちゃけデキてんだろ?」
「キスくらいはしてんの?
それとももうヤっちゃった?」
「すげー、黒崎進んでるー!
なあなあ、男同士ってどんな感じ?
つーかやっぱりお前が下なの?」
矢継ぎ早に飛ぶ下世話な質問に、
月乃はどうしたものかと眉をひそめる。
一夜との関係は、正直な話ご想像の通りだ。
しかしそんな事を言うわけにもいかず、
黙っていると、突然顎を掴まれた。
「……一夜とは一切、そんな関係がねぇし、
君は、何、してんだ?掃除の時間……だろ」
「いや、男子校じゃん?
出会いとかねーし、彼女と別れたし
駿河と何にもねーなら、黒崎でよくね?」
「…………だから、掃除を、しろって」
他人との接触に、ひゅ、と月乃の喉が空鳴りする。
顔色が悪くなり、力が抜けてくるが
目の前の数人はにやにやとした笑みを張り付け
月乃の異常を気にした様子もない。
思い思いに手を伸ばし、月乃の身体へと触れようとする。
怖い、気持ち悪い、恐ろしい、と
そんな気持ちで月乃はかたかたと震えた、
その時だった。
「月乃、こっちで備品を運ぶの、
手伝ってくれないかな」
「…………そ、ら……?」
はっ、はっ、と浅い呼吸で、血の気が失せ
冷や汗が止まらないままに
月乃は声がした方を振り返る。
すると、優等生の笑顔を張り付けた天が
月乃の方へと歩いてきていて。
その事に楽になる呼吸に気付き、
優しく引かれた手に安堵する。
「……二回目、だな、君にこうしてもらうの」
「お前はもう少し、危機感持つべきだね」
「……悪い。
その、ああいう事になるなんて思わなくて」
「男子校だと、お前みたいな顔は
女と出会えないしこれならいけるしって
そんな対象に大人気なんだよ、残念ながら」
指の腹で顎を少し擦られ、
それから階段の下、掃除用具入れと壁の隙間へと
天に腕を引いて連れ込まれる。
どうしたんだ、と目線だけで訴えても
天は苦笑いを返すだけだ。
「最近、お前不足で困る」
「……その、一夜のところに泊まってるから……
悪いとは思ってるけど……」
「朝起きたらお前がいない、寝るときも一人で。
ろくに話せもしないし、クラス違うし。
自業自得なんだけど、俺は……
お前が居ないと元気がでないらしいな」
「天……」
ぎゅう、と、周りからは見えにくい階段下で
月乃は天に抱き締められた。
弱っている声に心配になりつつも、
少し甘えるようなそれが珍しく
されるがままになっている。
「あれがどういうことか、さ
お前が帰ってきたら説明するよ。
ご想像どおりだろうけど」
「……そうか」
「でもその前に、ごめんな、
充電、させて」
「……そ、ら……っ、ん……!」
充電、と言って、天は月乃の唇を奪う。
角度を変え、まるで貪るようなそれは
おおよそ学校でするものではない。
それほど切羽詰まっているのか、と戸惑いつつ
しかしぬるりと侵入してくる舌を
止めないわけにいかない。
「っん、は……っ、ぁ……、そら……!」
「……ん……もうちょっと、だけ……」
脳髄に響くような、舌を絡ませるキス。
先程とは別の意味でがくがくと震える体に
月乃はだんだん思考が薄れるのを感じる。
そしてしばらく好きに口内を遊ばれたあと
つぅ、と、糸を引いて天の唇が離れる頃には
月乃は肩で息をしていた。
「君……っ、ここ、学校……!」
「ごめんって言っただろ。
……一夜には内緒な」
「……言えるか!」
何度か頭を撫でられ、そして
へたりこみそうな身体を支えるしっかりした腕に
月乃は自分が絆されるのを感じる。
「近いうちに……ちゃんと、戻るから」
「うん、ありがとう……」
最後に額に落とされた口づけに
月乃は確かに愛されている事を感じた。
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