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第77話 労りと偽り
夏休み直前の放課後、部活がないのだと
一夜から誘われた月乃は、少し気落ちしつつも
一夜の部屋へと泊まりに行った。
見ただけで誰でも違和感に気づいてしまうような
そんな沈んだ表情の月乃だが、
その理由はここ最近ずっと頭を悩ませている相手、天にある。
「お前が見たことを誤魔化すつもりはないけど、
それでも俺の一番はお前だけだから」
自室へと着替えなどを取りに行った時に、
手首を掴まれて天からそう言われたのだ。
まっすぐ見据えられて、真剣な顔で言われて、
しかしあれは誰だと、そう詰め寄れない臆病な
そんな自分が嫌になっていた。
聞いたら傷ついてしまうとどこかで確信していて
それから必死に逃げていた。
「月乃、どうした?」
「え、あ、いや……その、
泊まるのは久しぶりだなと思って」
「最近、全然来てくれなかったからな?」
「君はよく、俺達の部屋に来てくれてただろ」
言いつつも、月乃の表情は浮かない。
それを見て一夜は小さくため息をつくと、
月乃に向けて笑って両腕を広げる。
「……えっと……?」
「誰も見てないし胸を貸してやるから、
思う存分泣いていい……なんて、
言いたいところだが、正直なところ
俺がお前に触りたいから抱きしめさせてくれ」
「君……素面でそんな事言って
よく照れたりしねぇよな……」
「まあ、恥ずかしくないからな」
腕を引っ込めない一夜に負けて、
月乃はそっと一夜の足の間へと座る。
顔を見ると羞恥が耐えられそうにないからと
背を向けて座ったが、一夜はそれでも満足そうだ。
「……天から、その、
見たままを誤魔化すつもりはないけど、
一番は俺だって、そう言われたんだ」
「……、……それで?
月乃は、それで納得したのか」
「……納得っていうか……
俺、浮気されたから許せないとか、
他に恋人が居るのが嫌とかじゃないんだ」
「……は?」
ぽつりぽつりと呟く月乃に、
一夜は思わず低い声を向ける。
僅かに肩を揺らした月乃は、それでも
小さな声で続けた。
「ただ、ちゃんと、あの人が誰なのかを
言ってほしいだけなんだ……
他の恋人ならそれはそれでいい、
でも天の、負担になるのが嫌なんだ」
「……あのな月乃、悪い事をしてるのは……」
「天の方だろ、それぐらいわかる。
でも、天にだって事情はある、
俺が一番だとしても他を選ばなきゃいけない
そんな事があり得る事情も、
想像がついていないわけじゃない」
「月乃はいつも、天の事ばかりだな」
天が、天が、と呟く月乃に一夜が向けたのは
苛立ったような声と、舌打ち。
常に好意ばかりが向いていた相手からの感情に
月乃は驚き、少し怯えたように振り返る。
「俺と天と付き合うって言っても、
全然対等じゃないな、わかってたけど。
俺の気持ちも、もう少し汲んでほしいもんだ」
「い、一夜……?
あ、その、悪い、俺君の事、
考えが及んでなくって……」
「月乃はどうしたら、自分を大事にするんだ?
例えば、まああり得ないけどさ、
今回の事が天じゃなくて俺だったんなら
お前は俺とは別れてたんだろうなあ」
「そ、そんな事ねぇよ、っ」
動揺する月乃に皮肉げに笑う一夜は
表情や態度とは裏腹に優しく月乃の頭を撫でる。
「……まあ、いいか。
不調なお前をいじめるほど、
俺も鬼じゃないからな、今はいい」
「そ、その……俺、帰った方がいいか?」
「逆。
俺にもっと甘えて頼って、
ちゃんとお前の事見せて、月乃」
自分の方へと月乃の体を向けて、
それから強く抱きしめた一夜は
今度は満足そうに月乃へ笑いかけた。
いまいちわからない一夜に月乃は困惑するが、
怒りが消えたことに安堵の息を吐く。
「悪いな、びっくりしたか?」
「そりゃ……君から、その、
嫌われるのは、一番怖いし……
君だけだから、俺の事全部わかるの」
「……一番、か。
まあ、今はそれでいいかな」
「……君は勘違いしてるようだけど、
俺は同じくらい君も天も好きだ。
でも君、その、俺の事すごく好いてくれてる。
甘えてしまうんだ、伝えなくても……
君ならわかってくれるだろうって」
そう言って頬をすり寄せてきた月乃に
一夜はきょとんとした表情になる。
もう怒りは完全に消えたらしい。
「君だけは俺を負担に思わないでいてくれそうって、そんな事を考えて甘えてたよ。
でも、察してくれても
全部を理解して同調してくれるわけじゃない。
そんな当たり前の事を忘れてたし……
君にももっと、好きを返さなくちゃな」
「月乃……」
「悪かったよ、一夜。
少し、自分の我が儘へのストッパーを
弛めなきゃいけねぇんだな、俺は」
「……不思議な気分だ、
その手の事が月乃に届く事はないって
俺はそう思ってた」
ふわりと、優しく笑う一夜に
月乃は今度こそ笑顔を返す。
不思議な気分なのは自分だと、
一夜と居ると沈んだ気分もどこかへいくのだと
素直に伝えた気持ちに嬉しそうにする一夜に
月乃はここ最近の憂鬱を忘れられていた。
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