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第9話

「僕はずっと幼なじみとして、ふたりと過ごしてきたから、そんな感情を一度も抱いたことはないし、たぶんこれからもないと思う」  自分なりに声を低くしながら、語気を強めて返答した。 「龍はなにも感じずに、俺らと接していたのは知ってる。だけど一緒に過ごしたことによって、龍を愛おしくなった気持ちくらい、少しでいいから理解してほしいと思ってさ」 「浩司兄ちゃん……」  このときはじめて、浩司兄ちゃんの顔色が暗くなる。僕はどんな態度をしていいのかわからず、困った様相になった。 「あれは俺が小学六年のとき。三人で外で遊んでて、なにかの拍子に俺がコケかけたら、龍がいち早く手を伸ばして支えてくれたことがあったんだ」 「ごめん、覚えてない」 「そりゃそうだ。龍にとっては、なにげないことだったと思う。俺よりも躰が小さいクセに、それでも支えようとしたことや、一緒に転んだことなんかもすべて、あのときの出来事は鮮明に覚えてる」  夕焼け空を見上げながら告げる浩司兄ちゃんの茶髪が、あたたかみのある夕日を浴びたことで、綺麗な色味になった。  顔の堀りも深くて、イケメンの部類に入るハズなのに、同性の僕を好きなんて、絶対にもったいない。 「龍がケガしないように地面に倒れ込んだとき、心配のドキドキじゃなく、恋愛感情のドキドキを感じた。抱きしめたことで龍の匂いや体温が伝わってきた瞬間、手離したくないと思ったら、ぎゅっと抱きついてしまってさ」 「怜司はそれを見て、なにも言わなかったの?」  三人で遊んでいたなら僕らの様子を見て、なにか感じたかもしれないな。 「怪訝な顔してた。もうそのときの時点で、アイツは龍を好きだったのかも。だからあんな顔をしたのかも」 「ふたりにそんなふうに思われていたなんて、全然わからなかった」 「俺の視線の先にいつも龍がいて、同じように怜司も龍を見てたから、もしかしてって思ってさ。最近問いつめて気づいたってわけ」 「兄弟そろって変だよ」  だって僕は男で、同性なのに――。 「龍にはそうやって反発されるのは目に見えていたし、無理に距離をつめたら嫌われるぞって、怜司にも言ったんだけどな。俺よりもアイツのほうが龍といる距離が近いせいで、思いつめてる可能性がある」 「浩司兄ちゃん、怜司の暴走なんとかならない? このままだと学校にも行けなくなりそうだよ」 「龍が困ってるのに、手を打たないわけないだろ。怜司をとめるために、なんとかしてやる」  浩司兄ちゃんは悲しげにほほ笑みながら、僕の頭を優しく撫でる。 「龍……」 「なに?」  名前を呼ばれたのですぐに返事をしたというのに、浩司兄ちゃんはなぜか唇を引き結ぶ。言い渋ることを不思議に思い、そっと声をかけてみる。 「浩司兄ちゃん、どうしたの?」  僕から注がれる視線を外すように、顔を明後日に向けた。 「龍、あのさ」 「うん?」 「昨日、俺にされてすごく感じていただろ?」  サラリと告げられたことは、正直答えにくいものだった。

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