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第30話

 そんなふたりに恋愛感情を抱かれる自分を、不思議に思った。  中肉中背で身長や顔立ち・性格もいたって普通。これまで女子に告白されることなく過ごした僕を『すごく好き』なんて、なんだか変なことだという感じでしか表現できない。 「龍、俺の話を聞いてる?」 「あ、ごめん。ちょっとぼんやりしちゃって」  浩司兄ちゃんが僕にわかりやすいように書き込みしているテキストに、慌てて視線を落とした。 「ウチに来て、こんなところで座り込んで勉強しっぱなしは、やっぱりキツいだろ」 「まぁ、ちょっとだけ」  苦笑いをした僕を見た浩司兄ちゃんは、それ以上言葉をかけることなく、小さなため息をつく。 「浩司兄ちゃん?」 「悪い。こうなる原因を作ったのは、俺のせいでもあるし……」 「だけどふたりのことを、嫌いになんてなれないよ」  自分の中にある素直な気待ちを告げたら、浩司兄ちゃんの左手が僕の利き手を掴む。 「龍、ありがとう。俺はこれからもずっと、龍を好きでいる」  掴まれた利き手に、浩司兄ちゃんの体温が伝わる。大丈夫かと思えるくらいの熱に、戸惑いを覚えた。 「浩司兄ちゃんもったいないよ。僕なんか好きにならないで、もっとほかにもたくさん、いいヤツがいるのに」  自身の戸惑いを隠すべく、掴まれた手を引っ込めようとしたのに、病気のような熱を孕んだ手が、それを阻止するように強く握りしめた。 「ほかのヤツなんて目に入らない。龍じゃなきゃダメなんだ」 「僕は男だよ」 「関係ない」  僕のセリフを聞いた上で否定を続ける浩司兄ちゃんの瞳が、痛いくらいに僕に突き刺さる。くっきりした綺麗な二重まぶたの瞳から漂ってくる好意に、ひゅっと息を飲んだ。頬がじわじわ赤くなるのがわかる。 「俺が真剣に龍が好きなこと、理解してくれた?」  少しだけ掠れた声で、浩司兄ちゃんが訊ねた。 「あ、あの……たくさん好きって言われてるので、わかっているつもりだけど」 「つもりじゃ困るな」 「つもりじゃないよ、ごめん。いろいろ困っちゃって、その。こんなに好かれたことがないし」  言葉に詰まりながら答える僕に、浩司兄ちゃんは掴んでいた手を放して、僕の肩をバシバシ叩いた。 「龍は酷い男だな。俺だけじゃなく怜司にだって好かれてるのに、好かれたことがないとか言うなんて」 「そんなぁ!」 「龍の男タラシ! なんちゃって♡」  浩司兄ちゃんは最後に僕の頭をひと撫でしてから、颯爽と立ち上がる。 「飲み物持ってくる。ここらで気分を変えよう、集中力を持続させるためにさ」 「ありがとう……」  リビングに消える大きな背中にお礼を言ってから、ふたたびテキストに向かい合う。浩司兄ちゃんが戻ってくるまでに、教えてもらった問題に無謀ながらも、果敢にチャレンジしたのだった。

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