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水槽の中の人
館内で一番大きなメインの水槽。
此処には様々な生物が共存している。
今日もまた、俺はウェットスーツに身を包み水槽の淵に腰掛ける──
この日は祭日という事もあり館内には客が多く賑やかだった。特に餌やりのこの時間は子どもも多く、弘樹 は水槽の中から見えるキラキラした子どもたちの笑顔を見るのが好きだった。 いつもと同じように今日も魚たちに餌をやり、客の楽しそうな笑顔を眺めて平穏な一日が終わると思っていた。
水槽に身を沈めいつものようにひと回り見渡す。何人かの子どもたちと目が合い、弘樹は水中から笑顔で手を振った。そして餌やりのポイントまでゆっくり泳ぐ。その途中、目に飛び込んで来たのは大学時代の友人だった。
知らない男と楽しげに肩を寄せ合い、水槽の下の方にいるウツボか何かを指差して笑ってる。
「なんで……」
その楽しそうで親密そうな二人の姿に思わず出た言葉……
学生時代、弘樹はずっと密かに片思いをしていた。その相手が目の前にいる充 だった。充はどちらかというと誰かとグループを作ったりせず一人でいることが多かった。かと言って常にぼっちという事でもない。 弘樹は結局勇気が出ずに想いを伝える事もなく、友達の一人として一緒に卒業。そしてそれっきり今の今まで会う事もなかった。
目の前で楽しそうに他人と笑いあっている姿を見て、また当時の想いがこみ上げてくる。
凄く親密そうに見えてしまう二人の姿に、後悔と嫉妬心がこみ上げてくる。
頭の中では「なんで」という言葉がぐるぐるしていた。
仕事を終わらせ家に帰る。 きっと一緒にいた相手は親密な間柄だろう。
もしそうなら俺にもチャンスがあったはずなのに……。
あの時少しの勇気を出せていれば何かが違っていたかもしれない。 想いを打ち明けなかった事がどうしても心残りに感じ、弘樹は携帯を手に取った。
手遅れでもいい。
……何を今更。
もしかしたら俺の事すらもう忘れているかもしれないのにな。
それでもいい。
弘樹の心はもう二年前のあの頃に戻っていた。
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