14 / 23

今度は……

充は自分の身に起きていることが信じられなかった。 ダメだとわかっているのに、かつて憧れていた男に言い寄られ好きなようにさせてしまっている。惚れていた弱み……なんかで済ませちゃダメだと我にかえる。 ファーストキスはあいつとしたかったな…… 充はこういう経験はまるでなかった。なぜなら初恋は目の前にいる弘樹で、思いはずっと心にしまってきた。そしてその閉じ込めた初恋がいい思い出になった時、本当に大切な人に気がつけた。手を繋いだだけでドキドキして、肩が触れ合うだけで顔が火照る。充はそんな初心な経験しかしたことがなかった。 自分があの時告白をしていたら、今頃は弘樹と付き合っていたんだろうか。こういう事を当たり前にしていたんだろうか。 俺は幸せになれてたのかな……。 重なる唇の温もり。 遠慮なく絡まり合う舌が、脳まで掻き回されているようで徐々に思考が鈍っていく。弄られている体がこそばゆい感じから気持ちよさへと変わっていく。 それでも充の頭の中は罪悪感でいっぱいだった。 俺は何をやってるんだ── ぼーっとする頭で伸之のことを考える。体に感じる気持ちよさと頭で思っていることがちぐはぐで、自分でもよくわからない。それでも無遠慮に下半身に伸びてきた手にハッとした。 「やだ!……ごめん、やめて!」 「は? 何今更言ってんの?」 やっぱり怖い…… こんなの俺は望んでいない。 「俺のこと好きだって言ったじゃん」 言ったけど… 「違う……今は俺、他にちゃんと好きな奴、いるから、ごめん」 思い出にしていた初恋をすっきりさせたかった。でも言わなきゃよかったと後悔する。軽はずみに告白なんかして……こんなことになってしまったと悲しくなった。 「ごめん……」 「ごめんじゃねえよ! 好きな奴って、あの一緒にいた奴だろ? 付き合ってねえんだろ? なら俺にしとけよ」 さっきまでの笑顔が、自分に向けられていた弘樹の優しい顔が、嘘のように強張っている。あまりにも別人のように見えて怖くなった。 「俺のことが好きだったんだろ? 俺も好きだよ? 両思いじゃん。何が不満? なんであいつなの? 俺なら間違いないよ?」 不満とか、きっとそういうんじゃない。 今の俺はあの時とは違うんだ……そう思って必死に充は首を振った。 「いいんだ。俺が伸之の事を好きなんだ。お前とは……付き合えないよ。ごめん、初恋はお前だったけど……今好きなのは、あいつだから…こういうことは、したくない」 思わせぶりな態度をしてしまったんだと思う。自ら「好きだった」と告白してしまったから。 「痛っ……」 弘樹に掴まれていた肩の指がぎりぎりと食い込む。弘樹の顔がみるみる紅潮して、怒りに変わっていくのがわかった。 「また片思いでいいのかよ? あんな奴やめとけよ、俺なら間違いない! こんなに好きなんだ。どうせフラれるんなら俺にしとけ!」 そうだ… 俺のことをまだ好きでいてくれてるなんて思い上がりかもしれない。 今日だって「行ってこい」と背中を押された。俺のことが好きなら止めてくれてたかもしれないのに、あいつはそうしなかった。 充は伸之の態度を思い返し、弘樹の言う通りだと悲しくなる。そうだ……どうせフラれる。 でも…… 「でもずっと俺のそばにいてくれたんだ……振られるって、決めつけるな!」 仮に自分が気持ちを打ち明けて拒まれたとしても、いいんだ。 迷惑じゃなければ、今度は俺が伸之の側にいたい。 俺がそうしたいから…… 「帰る!もう会わない……今日はありがとう」 逃げるようにして充は店から出た。 歩きながら、自分の身勝手さと軽率さに腹が立ってくる。そして久しぶりに再会して嬉しかったはずなのに、何でこんなことになったんだろうと涙が出てきた。 また片思いでいいのかよ── 弘樹の言葉が頭を過る。 自信はないけど、でも言わずに後悔するくらいなら言った方がいい。 それは身にしみてよくわかった。 それにずっと側にいてくれたこと、親友として支えてくれていたこと、「ありがとう」って伝えたい。 「ごめん」と伝えたい…… 涙を拭い、いつの間にか充の足は伸之の家へ向かっていた。 アパートの呼び鈴を押しても出てこない。 出かけているのかな……それともこんな時間だ、寝ているのかもしれない。 少しだけ待ってみようと充は玄関ドアの横に座り込んだ。 一人でジッとしていると、冷たい風が頬を撫でる。頬に触れられキスをされた感覚が蘇り思わず唇を噛む。あちこち触れられ嫌だと言いながらも、許してしまっていた自分に腹が立った。 今更好きだなんて言われても困るかな……。 告白してくれた日から何年経ってるんだよ。一度断ったくせに今更まだ俺のことが好きかもなんてよく言えたもんだと充は自嘲気味にフッと笑った。 寂しさがこみ上げる。 早く帰ってこないかな…… もう後悔したくない。 今度は俺から告白するんだ。 end…

ともだちにシェアしよう!