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トモダチだよな
俺には友達・・・いや“親友”と呼べる存在が二人いる。
二人は正反対の性格で、出会い方もそれぞれ違い、一緒にいるときの雰囲気もやっぱり違う。
片方とはよく喧嘩をし、片方とは全く喧嘩しない。
好きなものも嫌いなものも、言ってしまえば女子のタイプでさえ被ることのない二人。
どうしてこの二人両方と親友でいられるかは、俺にとっても永遠の謎だが(おい)この二人が、自分にとって何物にも変えがたい大事な存在だという事は自信を持って言えるだろう。
そう、
春風 太陽(ハルカゼ タイヨウ)と
白久保 星月(シラクボ セツキ)は俺の自慢の友達だ。
「ゆーたー」
授業用のレジュメに抜けがないか確認していると、背後から眠そうな声が聞こえてきた。
振り向くと、欠伸交じりに大学の講義室を横切ってくる、白久保星月の姿が目に入った。王子様のような甘いマスクをだらしない欠伸で台無しにしつつも、見蕩れるような長身に均等の取れた程よい筋肉、悠然とした佇まいがうまくカバーして「寝起きの王子様」ぐらいの格好良さを保っている。
「あっ白久保君よ!」
「今日も素敵~」
奴を見る女子達の瞳がとろんと蕩けた。俺はそれをチラリと一瞥してから、迷い無く目の前にまでやってきた白久保星月に向き直る。
「今日は早いじゃん、セツ」
「まーな」
当たり前のように俺の右隣に座ってきた。少し左に避ける。
―――ふわっ
奴が座った拍子に、柔らかな香りが鼻をかすった。俺は香水が苦手だが、セツのつけるものなら不快を感じない。ただ単にセツがくどくないものを選んでいるからなのかもしれないが。俺はレジュメを机に置き、頬杖をついた。
「セツが遅刻しないとか、明日は雪かな」
「おい、春になったばっかでそりゃねえだろ」
セツは寒いのも暑いのも嫌いで、秋は寂しくなるから嫌・・・唯一、春だけは好きとのこと。そして今は四月の初め、春真っ盛りである。俺は頬杖をついたまま、窓の外の桜色の風景を眺めた。
「・・・」
セツは俺の横顔をジッと見つめてから、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「なあ、ゆうた」
「んー」
「早く来た理由を教えてやろうか」
ぐいっと詰め寄ってきた。俺は体を引くことなくセツの顔を眺める。
(ほんと、綺麗な顔立ちしてんなあ)
見慣れていてもやはり感心してしまう。至近距離で見つめ合うこと数秒。女子の視線が痛くなってきたため俺の方から視線をそらした。
「・・・いいよ、なんとなくわかるし」
「いいから聞けって」
肩に腕を回され、ぐいっと引き寄せられる。遠くから女子の黄色い悲鳴が聞こえた気がしたが、俺は気にせず落ちかけている自分のレジュメに手を伸ばした。あと少しで手が届くという所で、セツがひそひそと耳打ちしてきた。
「昼飯、女子に囲まれて鬱陶しかったから、逃げるために早めに切り上げてきたんだよ」
「な、お前なあ」
「頼んでもねえのに隣り座って喋りだしてよー、ぴーちくぱーちく、ああ、くそ、思い出したらまたうざくなってきた」
顔をしかめながら毒を吐くセツ。俺はレジュメから目を離し奴を睨みつけた。
「おいセツ」
「きゃあきゃあ甲高い声で叫びやがって、おかげで耳が痛くなったっつのー」
そこまで言うとやっと解放してくれた。俺はレジュメを机の中心に移動させてからため息をついた。
(まったく・・・)
女子の前では「まるで王子様?」のような紳士イケメンを演じる癖に、俺の前ではこんな残念すぎる暴言を吐く。気持ちが分からないわけではないが、言い方をもう少し変えた方がいいのではと思うのだ。
(でも、この毒舌?暴言?こそがセツなんだよな)
毒を吐いてこそセツ。ただの王子様野郎なら、俺とは親友になっていないだろう。
「煩いってのがわかんねえのかアイツラは」
「セツ、嫌なら嫌と言った方がいいって。お前が内心どう思ってようが女子にはニコニコ笑ってるようにしか見えないんだし、相手は勘違いしてるだけの、いわば被害者みたいなものじゃん。お前が伝えてやらねえと女子達も気付けないって」
性格はどうあれ外面はいいのだこの男は。それがまた厄介なわけで。
「・・・ゆうた、俺が女子にニコニコしてるの、嫌なのか?」
何故か上機嫌になって聞き返してくる。そのニヤけた頬をつねって否定した。
「ちげえよ馬鹿!だから、何度も同じことをされたくないなら自分の気持ちを伝えるべきだと俺は言っー」
「あーはいはい、ツンデレツンデレ」
訳知り顔でにやにやと見つめられる。俺はそんなつもりはなかったはずなのに頬が熱くなるのを感じて、とっさに顔をそらした。
「っ~もういい!」
講義室の前方に置かれた大画面スクリーンに文字が浮かぶ。画面の横にハゲ頭を光らせた教授が立っていた。やっと講義が始まるようだ。ホッと息を吐き、俺は頬杖をやめ姿勢を正すのだった。
長い講義が終わり、俺たちは校舎から出た。
「なあ、ゆうた。今日2、3だっけ?」
「2、3、5限だろ」
「たっる」
昼食後の3限が終わると次の5限まで一時間程暇になるのだ。
「なんで空きコマとかあんだよ大学はー」
「こればっかりは仕方ないだろ、うまくとればいいだけの話だ」
「興味ねえのとっても意味ねーし」
「まあ、確かに」
そんなどうでもいい話をしつつ、近くのカフェかベンチで昼寝でもしようかなと考えていると。
「・・・」
隣に立つセツがおもむろに顔をしかめた。
「セツ?」
「・・・やな気配がする」
「え?」
何のことだ、と聞く前にセツは背中を向け歩き出す。
「じゃーな」
とだけ言い残して、あっさりと去っていった。
(なんだあれ)
楽しそうに話してたと思えば急に離れていく。まるで気まぐれな猫を相手にしているような・・・拍子抜けするような、物足りないようなよくわからない感覚が胸に残った。
「ま、これも今に始まった事じゃないか」
奴とは中一からの付き合いなので(今は大学三年)約十年一緒にいる事になる。そこまでくると、奴の気まぐれにいちいち反応していたら身がもたない事を痛いほど知っているのだ。俺は気を取り直して、校舎近くのベンチに向かった。
(今日は天気がいいから外で寝たら気持ちいいだろーな)
なんて思っていると、
―――ドゴッ
後頭部に衝撃がきた。
「あだあっ!?」
間抜けな声と共に、前のめりによろける俺。そのまま転びかけると腹に誰かの手が回された。
「大丈夫かいっゆうちゃん!」
「え・・・あ、タイヨウ?」
俺の体を支えてくれた腕の主は、もう一人の俺の親友、春風太陽だった。
赤茶色の明るい髪色に、日焼けした健康的な肌。体を覆う筋肉は実用的に鍛えられたもので嫌味が無く、見るものを惚れ惚れとさせる。服装は、セツの王子様風の精錬されたものと違い、Tシャツにジーンズというカジュアルなものだった。けれどそれがよりタイヨウらしさを引き出している(セツは近寄りがたいイケメン、タイヨウは親しみやすいイケメンとイメージしてくれれば問題ない)。
「ごめんよーゆうちゃん、怪我はない?」
タイヨウは子犬のように慌てて、俺の体を調べてきた。
「大丈夫だって。タイヨウが支えてくれたから転んでもないし。ていうか今、何が起こったんだ?」
後頭部に物凄い衝撃がきたんですけど。きょろきょろと辺りを見回すと、地面に転がる球体を見つけた。右手で拾い上げる。
「これ、バスケットボール?」
「そう!ちょうどそこのコートが空いててさ~皆とやってるんだ!あ、ゆうちゃんもやんない?どうせ昼寝でもする気だったんしょ?」
何故バレた。
「あはは、ゆうちゃんの事はお見通しさ~」
そういって楽しそうに笑う。
(人懐っこい犬みたいだな)
タイヨウの笑顔は、見ているこっちまで笑顔にさせられる不思議な魔力がある。俺はついつい緩みかけた頬を隠すように、顔を下に向けた。
「ゆうちゃん?」
「誘ってくれるのは嬉しいけど、遠慮しとく。タイヨウと一緒に遊んだら筋肉痛で死ぬし俺」
タイヨウは運動神経抜群のスポーツ男児だ。清々しいほどに体育会系。俺はもちろん文系・・・ではなく、帰宅系で(?)一緒になって遊ぼうものなら、翌日必ず後悔するのである。
「いいじゃん!筋肉痛の痛みは成長の証だしっ」
「俺Mじゃないんで痛いのはちょっと・・・」
「あはは、そんなつれない事を言うゆうちゃんは強制連行の刑じゃー!」
「えっちょっ」
俺を羽交い絞めするように抱きこんでから、ずるずると引っ張っていくタイヨウ。俺はじたばたともがきながらタイヨウに噛み付いた。
「おい!タイヨウ!こらっはなせ!」
「バスケのルールは知ってる?」
「それぐらいはっ・・・いやそうじゃなくて!俺、その・・・チームワークとか無理だし、他のやつの気分悪くさせるって!」
「大丈夫だよ」
へらっと笑い、俺の頭を撫でてくる。
「オレがいるじゃん!」
なんとかなりそうな気がしてくる魔法のような笑顔。俺はそれを真正面から向けられ、もう・・・諦めるしかなかった。
「さあ!れっつごー!あっちにオレの仲間が待ってるよ~!といってもオレもさっき会ったばかりなんだけどさっ★」
「・・・はああ」
人付き合いは苦手だ。チームワークはもっと苦手だ。誰かと一緒に何かをする。それに楽しさを見出せるのは、相手がセツかタイヨウの時だけだ。俺の浮かない顔を見て、タイヨウが表情を曇らせた。
「ゆうちゃんが本当に嫌なら断ってくれていいよ?」
「・・・」
「でも、オレは、ゆうちゃんとやりたいな」
「!」
タイヨウの素直な言葉に、俺の、いじけていた心が暖まっていく気がした。
(・・・本当に嫌なら、か)
本当の事を言えば、心の奥では、バスケもいいかもと思う自分がいた。天気もいいし、少し動きたい気分でもある。
(バスケがしたいとは思ってなかったけど・・・)
俺は少し考えてからタイヨウの手を軽く叩き、奴の腕から抜け出した。しょんぼりと落ち込むタイヨウの顔を見上げて、ふっと微笑む。
「何しょげてんだよ、一人で歩けるって意味だって」
「!ゆうちゃーん!!」
「おっと」
抱きつかれそうになるのを寸でのところで避けて、コートに走っていく。後ろから楽しそうに笑うタイヨウの声が追いかけてきた。それから逃げるように駆け足で走る。
(ほんと、タイヨウってすごいな)
俺の、決して口には出せない本心を易々と見抜き、引き出してくれるタイヨウ。
俺はそんなタイヨウに毎回救われていた。
「はあ~楽しかった~」
心地よい疲労感を感じながら、タイヨウの言葉に頷いて賛同する。
「ああ、久しぶりにこんなに走ったかも」
「ゆうちゃん足が早くてびっくりしたよー、帰宅部って嘘でしょー?」
「ほんとだよ。めんどい先輩から逃げてたら早くなっただけ」
「なんじゃそりゃっ」
けらけらと笑いつつ、タイヨウは人差し指を使って自販機のボタンを押した。右手左手両方を使って、二つ同時に。片方はスポーツドリンク、もう片方は・・・
「うはー!ここで暖かいコーヒーはいらぬーっ」
「ははっマヌケ」
どうやら失敗したようだ。スリルを求めた代価だな。俺は普通にスポーツドリンクを選んで押した。悔しそうにタイヨウが見てくる。
「いいなー・・・」
うるうると瞳を潤ませて俺の手元にあるスポーツドリンクを見つめるタイヨウ。その姿は、尻尾を垂らしておねだりしてくる大型犬にしか見えなかった。
「・・・はあ。ほら、一口だけだぞ」
「!わーいっ大好きゆうちゃんっ」
喜ぶ犬・・・じゃなくてタイヨウに、未開封のままのスポーツドリンクを手渡す。
「ありがと~~~あ!」
タイヨウはそれを少し見つめた後、何かに気付いたように声をあげた。
「でもこれ、ゆうちゃんが買ったやつだから、先に飲んで!」
「え、そんなん気にしなくていいって」
「だめだよ最初の一口のために買うようなものじゃんドリンクって!」
「なんだそれ」
といいつつ、喉が渇いていたのは確かなので、ありがたく先に飲ませてもらうことにした。カチっと音を鳴らし蓋をあけ、少し色のついた液体を飲み干していく。
「ごくっごくっ・・・ぷはあー!うまい!やっぱ運動した後はスポドリだな」
「じー・・・」
「ああ、はいはい、どうぞ」
物言いたげなタイヨウにドリンクを渡し、体全体を使うように伸びをした。
―――ピコッ
そこでふと、マヌケな効果音と共に、ポケットからバイブ振動が伝わってくる。
「あ?」
セツに無理やりインストールさせられたSNSアプリからの通知だった。登録しているのはもちろん一人だけ。文面を見る前に携帯を閉じポケットにしまった。
「はあー、一人か・・・俺って寂しい奴だな・・・」
「なんでー?」
独り言に律儀に返してくれるタイヨウ。振り返って、なんでもないと頭を横に振った。
「そろそろいい時間だし行くよ・・・セツも呼んでるみたいだし」
「あ、そういえばもうこんな時間か~楽しいとあっという間だなーあはは」
「同感、タイヨウは5限、あるのか?」
俺とセツは同じ学部なので選択授業もよく被るが、タイヨウとは学部が違うせいでほとんど授業で出くわさない。被るとしたら必修の英語とか学部の関係ない自由履修のものだけだろう。
「授業はないけどサークルがあるよーん」
「なるほど、サッカーだっけ」
「今日のはテニスだね」
「・・・何個所属してんだ」
毎回違うサークルに行ってるような。
「あはは、どうせなら色んなサークルに入ってみたいじゃん?」
「アクティブだな、ほんとにお前は」
感心しつつ、地面に置いていた鞄を拾い上げた。
「じゃ行くよ、またな、タイヨウ」
「うん!せっくんにもよろしく伝えといて~」
「せっくん・・・わ、わかった」
あの男の事を「せっくん」と呼ぶのはきっとお前だけだろうよ、何て思いながら俺はタイヨウに背を向け歩き出した。
「おせえよ」
開口一番これである。もうここまで読んでくれた人なら、この台詞を誰が言ったのかわかるだろう。
「・・・ちょっと外でバスケしてたんだよ」
もごもごと言い訳するように呟き、セツの隣の椅子に腰を下ろす。セツは不機嫌オーラを隠すことなく俺をギロリと睨みつけた。
「んなの知ってる」
「え?」
何で知ってんの。
「しかも、よりによってあの野郎とお楽しみだったようじゃねえか」
「あの野郎・・・ああ、タイヨウのことか」
「そうだよ、お前もなんであんな頭の軽い体育会系と」
「はあ??タイヨウは頭軽くなんか」
―――ガララっ
講義室の扉が開き、先生が入ってくる。
「っち」
セツはまだ何か言いたげだったが、舌打ちをして体の向きを戻した。
(さっきまで上機嫌だったくせに急に機嫌が最悪になってるし・・・)
俺は嵐が去ってホッと胸をなでおろす。
セツとタイヨウはあまり仲が良くない。というかセツが一方的に嫌っているだけなんだけど。なぜタイヨウのことを毛嫌いするのかは俺にもわからなかった。大学でも1、2を争うイケメン同士、仲良くすればいいのにと常々俺は思っている。
(ていうか、よくよく考えれば、さっきセツが「嫌な気配がする」といって去ったのはタイヨウが見えたからなのか・・・?)
・・・どんだけだよ。
「ったく・・・俺の唯一のダチなんだから、仲良くしてほしーんだけどなー・・・」
なんてぼやくのであった。
5限が終わり、大学での予定から解放された俺たちは、最寄り駅に徒歩で向かっていた。
「ふあーあ」
「ふあ・・・やべ、うつった」
セツの欠伸につられて欠伸しかける。それを必死に噛み殺し、紛らわすように話しかけた。
「5限帰りだけど結構明るいなー、陽が伸びてくると春って感じする」
「まあな。ゆうた、そっちじゃねえよ」
ぐいっと腕を引かれる。
「え、帰らないのか?」
腕をつかまれたまま引き摺られる。俺が向かおうとしていた駅とは逆の方向だ。
「さっきRINEしたろ、買い物行くって」
「あー・・・」
内容見てなかった。とはいえない。言ったら殺される。
「そ、そうだったか。で、どんな買い物したいわけ?CD?本?服?」
大学があるこのあたりは言っちゃ何だがあまり便利な所ではない。都市の中にある田舎というか。お洒落な買い物がしたいときは地下鉄を使って移動する必要があるので、ある程度買い物内容を確認しておきたかった。
「んーめんどいしイヲン行こうぜ」
「お前・・・ほんとイヲン好きだな」
確か先週も、そのまた先週も行ったような。
「悪いかよ」
拗ねたように俺を睨み、一歩先を歩いていくセツ。俺はその背中に笑いを押さえながら話しかけた。
「俺もイヲン好きだからいいけどさ、女子とデートする時はやめとけよ」
大学から近いし店の種類も結構あるけど、やっぱりデートには向かないだろう。しかもお前のような王子様系男子では。
(イヲンで買い物カゴ持ってるお前を見たら、女子は衝撃を受けるだろうよ・・・)
「うっせえな!」
セツは珍しく顔を赤くして、怒鳴るように言い返してくる。
「お前以外と行くか!馬鹿!」
「はは」
是非ともそうしてください。女子たちの夢とお前の評判を守るために。
「はー落ち着く」
「やっぱここのモチジュースうめー」
一通り買い物を済ませ、いつものカフェに腰を落ち着かせた俺とセツ。このカフェは、まったりとした雰囲気に加えて、客同士の距離が遠いデザインでかなり居心地がいい。まるで自分達の部屋にいるかのように寛げるため、イヲンに来た時は大体最後にここに寄って行くのだ。
「あーうますぎる・・・」
「モチとジュースってどうなのそれ」
「ゆうたも食うか?」
「食うって・・・ジュースは飲むものだろ」
といいつつ一口もらった。ストローを使うのは忍びないのでカップ部分から口を付ける。セツの視線を感じながらジュースを喉に流し込んだ。
―――ごくごく
・・・うん。やっぱりモチとジュースだ。
俺の微妙な顔を見たセツは耐えかねんと言わんばかりに吹き出した。
「ぶはっ、くくっ!」
「な、なんだよ」
「んっとに、ゆうたはすぐに顔に出るなー」
そういって右頬を人差し指で撫でられた。何事かと目を丸くすると。
「小豆ついてたぜ、マヌケ」
「えっまじか」
ごしごしと自分で拭く。が特に小豆らしいものはとれなかった。すでにセツがとってくれたのかもしれない。
「なあ、明日なんかあるか?」
セツがおもむろに聞いてくる。
「んー土曜だろ?特には」
「じゃあ今日俺の家よってけよ」
「え、セツんとこ?実家?」
セツは俺と違い大学に入ってから一人暮らしを始めた。大学から5駅ほど離れたそこそこに都会な街にいる。
「俺の方」
「あーだったらいいか、菓子とか持ってかなくていいし」
「実家だとしてもそんな気遣いいらねえよ」
「それは流石に無理、天下の白久保家にそんな無礼は働けない」
セツの家についてはまた後々話す事になると思うが、かなりの金持ちで、父は白久保カンパニーの社長である。つまりセツは社長息子。ぼんぼんなのだ。まあ、だからって俺とセツの関係が変わってくるわけじゃないから、あまり気にしてないけど。
「ゆうたの癖にマナーとか気にすんな、きもちわりい」
「俺はどんな無礼人間だよ!」
「初対面でお前他人を見下すタイプだろとか言ってくる無礼人間は誰だったかねー」
「うぐ・・・あん時の俺は、その、虫の居所が悪かったんだよ!」
「へいへい、とりあえず家に帰ろうぜ、疲れた」
「だなーなんか買ってく?」
「酒」
「酒とつまみな、コンビニ寄って行くか」
「おう」
茶化し茶化され、他愛もない会話を繰り返す俺達。ぬるま湯のようなその生活は、今思えば幸せだったなーと思う。
そう、今思えば。
「お前は誰にも渡さない」
それがどうしてこうなる。
「俺だけのものだ、ゆうた・・・」
そこそこに汚いセツの自室。時計は深夜二時を指している。
「せ、セツ、お前何して・・・」
セツに押し倒され、床に寝転がっている俺は身動きが取れなかった。肉体的にも、精神的にも、ショックで動けなかった。
(セツ・・・?)
セツが何を言ってるのか、意味がわからなかった。
「好きだ、お前だけなんだ」
「っ・・・!?」
耳元で囁かれ、すくみあがる。
どうしてこんな事を囁かれるのか、意味がわからなかった。寸前まで俺達は、買って帰った酒を飲んで、どうでもいいような会話を楽しんでいたのだ。流し見していたTV番組に野次をいれたり、教授のハゲの進行具合について議論しながら、本当に、いつも通り飲んでいた。
いつも通りのはずだったのに、何故。
「あの野郎に渡すかよ」
「何言って・・・」
笑みを浮かべたセツは押し倒した姿勢のまま、俺の服に手を伸ばしてきた。
「ちょ、え、なにしっ」
急いで止めに入る。いくら酔っ払ってるからって限度があるだろう。だが、セツは俺の制止など物ともせず、てきぱきと上着を脱がしていく。
「今思い出すだけでも腹が立つ」
「はあ?あっばかっ脇さわんな!くすぐったい!」
「ゆうたの事は俺が一番知ってるんだ、一番理解してる・・・なのにあの野郎・・・っ」
笑顔のまま不機嫌オーラをだすセツ。笑顔で怒る時は最高に機嫌が悪いときなので、俺は縮こまるようにしてセツから逃げた。追いかけるようにセツが顔を近づけてくる。そして、脱がされ素肌を晒す俺の背中に生暖かいものが触れた。
―――ちゅ
「ーっあ・・・?」
振り返ると、優しく撫でられながら、頬に口付けられる。
「・・・ゆうた・・・」
そして、まるで恋人に向けるような笑みを浮かべ囁いてきた。
「間接キスは俺が何度も奪ってるけどな、だからって」
一旦、言葉を切る。一呼吸置いてからセツの美しい形の唇が開かれた。
「他の野郎の分は一つもねえんだよ」
そういって噛み付くようにキスされた。
「っん、んんうーっっ?!」
「それ以上の事も・・・俺以外には許さねえ」
「んぐっ・・・うっ、せっ・・・んむーっ」
セツとキスしてる!?
え、な、なんで?何が起きた??
俺何してんの???
友人とキスって馬鹿か!???
「んぐー!!」
「暴れんなって、キスぐらい・・・遅すぎたぐらいだろ」
「んんむううう!」
遅すぎるも何も、んなもんするか!男同士だろが!ていうか俺らダチだろ!!!?
「大丈夫だって、気持ちよくしてやるから。どうせ童貞だろ」
馬鹿にしたような言い方に、俺はカチンときた。
「ううう、んうう!」
誰かさんがちょっかい出すせいだろうが、と恨めしさを込めて睨みつける。
(俺が女子とうまくいきそうになる度に横から掻っ攫いやがって・・・!)
何度それで、お前とは絶交だ!と言いかけた事か。
「守ってたんだよ・・・ゆうたを他の汚ねえ奴らから」
いやいやお前に守られる理由なんてないし。ていうか皆汚くないし。
「ほら、立て、ベッドに移動するぞ」
「い、いやだって!なんでそんな・・・」
俺とお前がどうこうって、ありえないだろ。そんな意思もこめてセツを見上げれば、
「・・・わかったよ」
眉をひそめて、俺から体を離すセツ。
(はあ、やっと正気に戻ってくれたか・・・)
解放され安心した俺は、上半身を起こし脱がされた服を集めようと手を伸ばした。
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