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第80話

洗面所で身支度を整え、着替えを済ませてからキッチンへ向かった。 紘二との朝食… かなり久しぶりだ。 病気になってからは紘二の方が朝が早いのをいい事に寝たフリをして一緒に食べなくなった。 だから嬉しかった。 「お待たせ。」 座布団の上に腰を下ろした。 「本当は作ってあげたかったんだけど、でき合いのものでごめんね。」 「明日は…」 「え?」 「…明日はきちんと作ってくれるんだろ?」 「でも…」 「違うのか?」 「いいの?…」 「なんの為に8年もここに住んでたと思ってんだよ。家賃…一人で払うの大変だったんだぞ。…それに、いつまでもホテル暮らししてられないだろ?」 こんな可愛くない言い方しかできない。 ただ一言、また一緒に暮らそうと言えばいいのに… そんな自分が嫌になる。 「…」 「俺が…」 「うん?…」 「俺がまた紘二と暮らしたいんだ…もう、離れたくない…」 「本当に、いいの?」 「もう、離れ離れは…嫌だ…」 「…ありがとう、ありがとう稑くん…」 紘二が泣きながらそう言うから、なんだか俺の涙腺まで緩んだ。 久しぶりに紘二と囲む朝食は楽しかった。 紘二は一度ホテルに寄って着替えとチェックアウトをしてから会社に行くと言う。 「稑くん、いってきます。」 「…紘二。」 「うん?」 「これ。多分、帰り紘二の方が早いから。」 あの日、紘二がポストに落としていった鍵… ずっと玄関の鍵入れの中に入れていた。 それを紘二に握らせた。 「あ、…これ…」 「あぁ、紘二の。俺、諦め悪いから、捨てられなかった。…って、鍵の捨て方なんて分からッ…んン…」 俺が強がりで言ってる事なんて、紘二には少しも通用しない。 もう言わなくていいと言わんばかりに唇を塞がれてしまった。 朝から玄関でキスとか… 新婚家庭じゃあるまいし… 「ねぇ稑くん、夕ご飯なにが食べたい?」 「…なんでもいい。紘二と食えるなら、なんでも。」 「分かった。腕によりをかけて作るから、楽しみにしてて?」 「あぁ。」 本当に俺たちは楽しい時期を無駄にしてしまった。 でも、紘二は取り戻していけばいいと言ってくれた。 この部屋で紘二とおやすみと言って眠り、おはようと言って起きる… そして、笑ったり、泣いたり、怒ったり、愛し合ったり… そんな日がこれからも永遠に続いていく… 「じゃぁ稑くん、いってきます。」 俺は紘二の両手で紘二の頬を包み、少しだけ背伸びをして自らキスをした。 「いってらっしゃい。」 今日から始まる新しい1日… それは、8年前の続きじゃない。 俺と紘二の再出発… 今ようやく俺たちはスタートラインに立った。 -end-

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