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第1話
とある休日、秘書であり友人の折戸壱矢 に呼び出された。
彼とは高校時代の生徒会活動で知り合った。
以来、俺を支え続けてくれている頼れる存在だ。
「総一郎、紹介しますね。彼が、今お付き合いをしている新見颯斗君です。」
そのように紹介されたのは、明らかに俺達よりも若いであろうスラッと背の高い青年だった。
「…折戸、君はついに犯罪に手を染めたのかい?」
少なくとも、高校時代からの折戸の恋愛事情は全て把握している。
もちろん、彼の性癖も…
折戸は必ず恋人を俺に紹介する。
その意図は不明だ。
紹介された男性は数知れず…
彼もその数え切れない男性の内の一人になるのだろうと思い、深い溜息をついた。
「犯罪?…なぁなぁ壱矢さん、犯罪ってどういう事だ?」
なによりも、これ程までに若い子を紹介されたのは初めての事だった。
口調や少々幼さの残る顔立ちからは、今までに紹介された男性とは真逆のタイプの人物であると感じた。
「ち…違いますよ、総一郎。彼とは同意の上でお付き合いをしています。本当に、合意の上ですから!」
取り乱している折戸は珍しい。
折戸は、物事を冷静に対処する事ができる人間だ。
「はじめまして、八神総一郎です。よろしくね、新見君。」
八神総一郎…
俺は、この名を好きにはなれない。
名字は俺を縛り付けるだけでなく、プレッシャーを与える。
そして、あの人に…父に与えられた名前も例外ではない。
八神の家に生まれたからにはその名に恥じる事は許されない。
常に何事においてもトップを求められ、期待をかけられた。
期待…
それは、あの人からかけられたものではない。
家族からかけられる期待であるならば、素直に受け入れる事ができただろう。
しかし、その期待の全ては外部からのものである。
俺は、あの人から期待をされた事などは一度もないのだ。
唯一、俺を優しい眼差しで見つめていてくれた母は早くに亡くなった。
俺は、八神の家の中では孤立した存在なのだ。
「俺の事は好きに呼んでくれよ。これからよろしくな、八神さん。」
差し出された手を握り返した。
新見君は、笑うと八重歯が覗いて、身長に似合わず可愛らしいといった印象を受けた。
「総一郎!貴方、いつまで颯斗君の手を握っているつもりですか!」
慌てた様子で俺と新見君の手を引き離したのは折戸だ。
知り尽くしていると感じていた折戸の新しい一面を見ることができた気がした。
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