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第44話
俺はリビングを出て寝室でネクタイを選んだ。
蹴人が乾燥機から服を取り出した事が音だけで分かった。
蹴人の気配を感じるだけで安心し、幸せを感じた。
選んだネクタイを締めながらリビングに戻ると着替えを終えた蹴人がソファーに座っていた。
「蹴人、お待たせしたね。出られるかい?」
「あぁ。」
ワイシャツの上からベストを着てスーツを羽織り鞄を持って玄関に向かった。
蹴人の横で靴ベラを使って靴を履いていると蹴人は物珍し気にそれを見ていた。
靴べらを元の位置に戻し、顔を上げた。
「蹴人、どうしたのだい?行くよ。」
「あ、いや。…あぁ。」
「…」
少し様子のおかしい蹴人に小首を傾げた。
外に出ると鍵をかけてエレベーターに乗り込んだ。
地下駐車場までの僅かな時間に数秒の沈黙があった。
俺の首に蹴人の腕が回って、目が合った。
意外な行動に戸惑っていると、そのまま引き寄せられ、唇が触れ合った。
「…」
小鳥が啄むような、とても可愛らしいキスだ。
ゆっくり離れていく唇を追いたいけれど、これ以上は危険だと判断し止めた。
「…どうしたのだい?いきなり。」
「…悪いか。」
「ふふ、嬉しかったよ。」
エレベーターを降り、リモコンキーで車のロックを解除すると、車に乗り込んだ。
シートベルトを締めていると、蹴人も車に乗り込んでシートベルトを締めた。
エンジンをかけると、自動的にラジオがかかった。
駅に向かって走り出した車内での会話はない。
ラジオとエンジン音…それがとても心地よかった。
駅前に着くと車を端に停車した。
「送ってくれてサンキューな。」
「どういたしまして。…蹴人、いってらっしゃい。」
「あぁ。…お前も…その、なんだ…いってらっしゃい。
蹴人がシートベルトを外して、扉を開けた。
俺は咄嗟に蹴人の八腕を掴んで引き寄せて、啄むだけの優しいキスをした。
「…蹴人、愛してるよ…」
蹴人の耳元で囁くと、蹴人は耳まで真っ赤にし、車を降りて行ってしまった。
そのような蹴人の背中が愛おしくて、可愛らしくて、見えなくなるまでその背中をずっと…
ずっと見送っていた。
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