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第1話
日曜日…
オフィス街にある店はとても落ち着いていた。
会社員のバタバタした雰囲気はなく、コーヒーとサンドウィッチでゆっくりお一人様ランチを楽しむ…それがこの店の休日の姿だ。
バイトが終わり、8畳程の広さの休憩室のロッカーの前で、着替えながら颯斗と無駄話をしていた。
今日、新居に引っ越したばかりの颯斗は、搬入を済ませてからバイトに来た。
颯斗は、相変わらず壱矢さんが、壱矢さんが、壱矢さんがと口を開けば折戸さんの話ばっかりしている。
いい加減げんなりだ。
「颯斗、お前いい加減黙れ。」
ピシャリと言うと、颯斗はムーと唇を尖らせた。
「ひでぇー!!なぁ聞いてくれよ、俺これから壱矢さんと外食すんの。部屋、まだ段ボールだらけだし、食料とか引っ越し前に食い尽くしたし。なに食うんだろ。壱矢さんグルメだからなぁ。」
俺が注意したところで颯斗には通用しない。
折戸さん話はまだ暫く続きそうで、盛大に溜息を吐いた。
「……へーへー。つか、折戸さんがなんで国内にいるんだ?俺は颯斗が引っ越し屋と搬入したんだと思ってた。」
「国内?…あぁ、そういや八神さんって今、海外出張中だっけ?今回壱矢さん一緒に行ってないぞ、その出張。」
「…は?…聞いてない。」
「いくら八神さんでも、いちいち仕事の話シュートに細かく言わないだろ。」
「折戸さんが居ないって事は、アイツ一人で出張してるのか?」
「まさか、そんなわけないだろ。一般企業の社長なら一人で出張もあるかもだけど、八神さんだぞ、八神さん!!シュート、あれでも八神さんは偉大なんだぞ!あれでも!!そこんとこ分かってやれって!!」
「…」
知らないわけじゃない。
八神の事なんか調べようと思えばいくらでも調べられる。
わざわざ調べなくても、1日1回以上は嫌でも八神の名前を目にする。
コンビニに並ぶ週刊誌とか経済紙、電車内の宙吊り広告、偶然点けたテレビニュース…
会社とか経済とか、俺には全く関係ない世界の話だ。
八神が社長だろうが偉大だろうがなんだろうが、そこは俺の中での八神の評価からは除外される部分だ。
他人の評価に惑わされたくはない。
八神もそこの部分を俺に評価してほしいとは思っていないと思う。
「そもそも、壱矢さんが八神さんを一人で行かすとかあり得ないだろ。…多分三枝さん辺りが同行してんじゃね?」
「三枝?…」
「あれ、シュート三枝さん知らんの?」
三枝…
聞いた事がない名前だ。
なぜか胸がザワつく…
「知らない…」
「三枝さんは八神さんの女秘書だ。」
「…女、…だと…」
「…シュートシュート、落ち着け落ち着け、顔ヤバイ顔ヤバイ。」
八神に女秘書が居るなんて聞いた事がない。
相手が女ってだけで妙に動揺した。
「は?顔がどうしたって…」
「シュートさ、今自分がどんな顔してんのか気づいてないだろ?…まぁ、シュートが考えてるような事は絶対ないから大丈夫…って、おーい、シュート聞いてるか?」
八神は元々女が恋愛対象で、どっちでもいける俺とは違う。
俺は、何にこんなに動揺してるいるんだ…
颯斗の声がぼやけていく…
「おーい、シュートさーん?」
颯斗が俺の前でヒラヒラと手を振って見せた。
「…なんだ。」
「待て待て、怖い顔で見んなって。…つか、なんかシュートすんごく可愛くなっちゃって、颯斗くん少し淋しいわ。」
「バカ、ふざけるな!」
「八神さんが女と居るだけでヤキモチとか可愛いじゃん。」
「ヤキモチだ?そんなわけないだろ。」
「超好きなクセに。」
「黙れ、それ以上言うな。」
「超動揺とか可愛いじゃん。」
「…ッ…そんなんじゃない!」
そんなんじゃない…
ヤキモチなんかじゃない。
そんな筈はない。
じゃぁ、この動揺の正体は…
なんだ…
「あーあ、今のヤキモチ丸出しの会話、八神さん聞いたら泣いて喜ぶんじゃね?八神さんも毎回毎回タイミング悪いよな。」
颯斗が意地悪く笑った。
「黙れ、それ以上言ったらマジで怒るからな。…つか颯斗、ノロノロしてるとまた遅刻して折戸さんに怒られるぞ。」
「げ、ヤベッ…」
マズった…みたいな顔をして急ぎだした。
「早く着替えろ。」
颯斗は、足を縺れさせながらズボンを履いている。
その姿がなんだかマヌケで思わず笑った。
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