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第2話

颯斗は時間にルーズだった。 折戸さんはきちんとした人だ。 だから、それを叱ってくれているらしい。 そのおかげで、颯斗の遅刻癖は少しずつ治りつつある。 パタンとロッカーが閉まる音がした。 「で、シュートは今日この後どうすんだ?」 颯斗がバイト着を丸めて鞄に詰めながら言った。 この後… 八神とは毎日会っているわけじゃない。 会わない日の俺の行動といえば… 「帰って飯食って寝る。」 「うっわ、淋しいな。」 「黙れ。」 「あれか、シュートは八神さんが不在でご無沙汰すぎてご機嫌ななめなんだろ!」 「だから黙れって!」 思わず声を荒上げた。 颯斗はそんな俺を見て、困った子どもを見るようにフッと鼻から息を吐いて笑った。 出張前は、ほぼ八神の家で過ごしていた。 帰してもらえなかったと言った方が正しいのかもしれない。 八神が出張に行ってから二週間が経つ。 その間、当然だが連絡はない。 二週間も顔を見ていない。 二週間も声を聞いていない。 八神と出会った時の事を思い出す。 あの時も確か二週間くらいだった気がする。 約束をすっぽかされた俺は、酷く腹を立てていた。 あの時の二週間と、今の二週間… 変わったものがあるとすれば、関係… 強姦紛いな事をした挙げ句、約束をすっぽかすようなクソ野郎だと思っていた筈の八神が、今ではそうじゃなくなった。 知り合いでも、友達でも、セフレでもない… 俺は、今の八神との関係を決め兼ねている。 つまりは、曖昧な関係でいるという事だ。 八神は、出発の日に家の合鍵を渡した。 俺はそれを受け取った。 鍵を渡し、それを受け取るような関係とはどんな関係をいうのか… 俺は分かっている。 ただ、それを認めたくないだけだ。 「じゃ、俺先行くわ。また明日大学でな。ま、行けたらだけど。なんと言っても、新居での初めての夜ですからな。ふっふっふ。」 突っ込むのもバカらしい。 多分、明日颯斗は大学を休む。 そして、その次の日にケロッとして壱矢さんが激しくて~…という流れなのはお見通しだ。 「へーへー、もういいからとっとと行け。」 「シュート、淋しいからって浮気すんなよっ!」 そう言い残して颯斗は出て行った。 颯斗の背中を見送ってから、盛大に溜息を吐いた。 浮気なんて、出来るものなら疾っくにしてる。 出来ない理由も知っている。 八神が、勝手に俺の全部を持っていったせいだ。 勝手に現れて、勝手に俺の中に入り込んで、強引に持っていった。 俺に起こった変化に俺自身がついて行けていない事が歯痒くてイライラする。 俺は、八神に許しすぎたのかもしれない。 八神との距離感が掴めなくなっている。 距離感が分からなくなるくらい誰かに近付いた事なんてなかった。 俺はいまだかつてないくらい戸惑っている。 一線引いて生きてきたツケが、全部引っくるめて襲ってきたような感覚だ。 俺は、全てを放棄して逃げたくなった。

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