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第37話

疲れ果てた俺はそのまま寝落ちたらしい。 目が覚めた時には夜だった。 身体は八神が拭いてくれたのかスッキリしていた。 ふと横を見ると、八神の姿がない。 俺はゆっくりと起き上がった。 身体のダメージは今朝よりはマシだ。 寝室を出ると廊下に美味しそうな匂いが漂っていた。 それに釣られるよいにリビングに向かった。 キッチンに居る八神と目が合った。 「蹴人、身体の具合はどうだい?歩いたりして、辛くはないかい?」 「…あぁ、大分楽だ。」 「良かった。」 「今日が休みで良かった。あんなじゃとても大学に行けないからな。」 「明日は行けそうかい?」 「あぁ、颯斗をとっちめてやらねぇと。」 多分、とっちめられるのは俺の方だ。 散々無視して心配を掛けた。 ふてって大学へ行かなかった話を八神にするつもりはない。 八神のせいでふてっていたなんて知られたくない。 「新見君が気の毒に思えてきたよ。」 「おい、くだらない事ばかり言ってないで手を動かせ。俺は腹が減った。」 「もうすぐ出来るから座って待っておいで。」 俺は定位置に座った。 ここでの定位置といえば、ソファーだ。 ココからはキッチンがよく見えて、八神のフライパンさばきとか、手際の良さは思わず見惚れる程だ。 「お前は…」 「うん?」 「…俺のどこがそんなにいいんだ?」 聞いた瞬間、八神が振るっていたフライパンの具材を見事にぶち撒けた。 八神は慌てて火を消してフライパンをコンロに置いた。 手元を狂わせるなんて、珍しい事もあったものだ。 「ケホケホ…ちょ、蹴人、なんなのだい、いきなり。…溢してしまったじゃないか、勿体無い…」 八神が軽く咽せながら俺を見た。 金持ちのクセに相変わらず庶民的なヤツだ。 八神のそういう所は、俺も気に入っている。 「だっさ。」 「もう、酷いな君は。」 溢した物を八神が拭き取りながら言った。 怒ってるというよりは、楽しんでいるように見えた。 「で、どうなんだ?」 「好きという気持ちに理由は必要なのかい?」 「…そういうの、俺はよく分からない。」 「うん。俺も…」 「は?」 「何故蹴人をこんなにも思っているのか…実は俺自身、あまり良く分からない。ただ、知らず知らずに君に惹かれてしまった。もちろん、今も惹かれているよ。新しい君を見つける度にときめいてしまう。離れている時も会いたくて、声が聞きたくて、求めてしまう。俺はね、多分だけれど、君しか見えなくなってしまったのだと思うよ。ごめんね、上手く説明ができなくて。」 「小っ恥ずかしいヤツ…」 俺は正直驚いていた。 八神の事だから、バカみたいにツラツラと理由を並べてくると思っていた。 いつも可愛いだのなんだかんだ言ってくるし、そういうのを言われると思っていたのに、その答えはあまりに意外すぎた。 「これでは、納得出来ないかな?」 「いや、少し意外だった。」 「そうかい?」 「お前の事だから色々言ってくるかと思った。」 「言えるものならば、言いたいのだけれどね。」 八神が苦笑して、俺もそれにつられた。 「俺も、説明なんて出来ない…」 「うん。それで構わないよ。それに、そういうものは後からついてくるのではないかな?」 「どういう意味だ?」 「蹴人に惹かれて、君の側に居るようになり、可愛らしい部分や素直でない部分を知った。惹かれてはいたけれど、見つめているだけでは気付けなかった君の一面だよ。そして、今日は君の新たな一面を知る事が出来た。そういった事は、これから先君と時間を共にする限りは、増えていくと思う。気持ちというものは、言葉にしてしまうと、とても薄っぺらいとは思わないかい?」 「なんかよく分からないけど、見つめているってなんの事だ?俺とお前ってあの時が初めてだろ?」 「…」 八神が気まずそうに黙った。 あの日より前に俺を知っていたって事か? 「おい、どういう事だ。」 「秘密だよ。忘れて?」 「はぁ?言え!吐け!」 「ダメだよ。秘密。」 この後、結局八神は吐かなかった。 飯を食って、風呂に入って、少しダラダラしてベッドに入った。 八神の腕の中で頭を撫でられて、気持ちいい感覚のままゆっくり落ちていった。

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