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第38話
翌朝目が覚めると八神は居なかった。
代わりに聞こえたのは包丁の音だ。
そのリズムの良さは聞いていて気持ちがいい。
ゆっくり起き上がってリビングに向かった。
「おはよ…」
「おはよう、蹴人。もうすぐ朝食が出来るから顔を洗ってスッキリとしておいで。」
「んー…シャワーも借りる。」
俺は目を擦りながら洗面所に向かった。
洗面所で服を脱いで驚いた。
見覚えのない赤い斑点…
しかも、所々紫…
「熱烈だな、こりゃ…」
思わず苦笑した。
「しかも吸いすぎ…」
簡単にシャワー浴びてから、身体拭いたタオルを肩に掛けて歯磨きをした。
服を着て、どうやっても隠せそうにない首筋の痕に苦笑してから、抗議の一つでもしてやろうとリビングに戻った。
「お前なぁ…」
「スッキリとしたかい?朝食が出来ているよ。」
「コレ、どうしてくれる。」
「これとは?」
「コレだ、コレ。」
その痕を指差して見せた。
「まだ足らないのかい?…おいで、君の満足がゆくまで付けてあげるよ。」
「違う、そうじゃない。」
「…?」
八神は首を傾げた。
「こんな隠せない場所に付けるなって話だ。」
「何故?」
「何故じゃない。こんなの付けて大学行けって言うのか?」
抗議する俺に八神は楽しげに笑った。
「ほら、おいで。今日は和食だよ。お味噌が冷めてしまうよ。」
上手く逃げられた。
「ったく、しょうがないヤツ…」
まだ言い足らなかったが、腹が空きすぎてとりあえず席に座った。
八神の作ったメニューの多さには毎回驚く。
何時から作っていたんだって思うくらいの量だ。
でも、食べ盛りな俺としては嬉しい。
「さぁ、食べて。」
「いただきます。」
「召し上がれ。」
箸を持った俺を八神は上機嫌で見ていた。
「食わないのか、お前は。」
「食べるよ。蹴人が食べている姿を見てからね。」
「お前なぁ…」
ホントにふざけたヤツだ。
俺は盛大に溜息を吐いてから食べ始めた。
ガン見してくる視線は完璧に無視した。
「蹴人、美味しいかい?」
「あぁ、安定の美味さだ。」
「良かった。蹴人、この煮物はね、自信作だよ。食べててほしいな。はい、あーん。」
口を開ける俺も俺だ。
俺は食い物に弱い。
…という事にしておく。
「…うんまッ!超美味い!お前、社長止めて料理人になれ!!」
「そうかい?手によりを掛けて作った甲斐があったよ。…料理人?それはいい考えだね。」
「お前、そこは否定しろよ。」
「でも、そういうのは憧れるというか…。もしも選べるのだとしたら、俺はそちらの方を選びたいと思ってしまっただけだよ。」
「そんなもんは老後にすりゃいい。今の仕事を頑張って、それで引退したら料理人にでもなににでも好きなものになればいい。俺はカフェのマスターになるのが夢でな、こっちで就職して、資金稼いだら田舎に帰って、そこで店オープンさせるっていうのが今の目標。そこから先のビジョンはまだないけどな。」
「素敵な夢だね。」
「そこに、お前を入れてやらんでもない。」
「え?」
「将来的に雇ってやらんでもない。」
「それは、将来の約束をしてくれるという事かい?」
ただ静かな田舎町で、俺の淹れたコーヒーと八神の作った手料理を提供する店…
そんなのも有りだと思っただけだ。
八神が言う程大それたものじゃない。
なんとなく、俺の夢の続きとして浮かんだ。
ただ、それだけだ。
「…別に。」
「老後がとても楽しみになってきたよ。」
「バーカ、あと何年先の話だ。」
「二人でこのようにして、毎日を楽しく過ごしていたら、あっという間にやってくるよ。」
「あー甘ッ、飯が一気に甘くなった。ほら、バカ言ってないでとっとと食え。」
八神が小さく笑って、食事が再開された。
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