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第1話
飲みかけのペットボトル。リップクリーム。今日はハンカチ。
こんな風に人目を忍んで彼の物に触れるようになってから、どれだけの月日が流れたのだろう。そう思いながら、俺は机に置かれたハンカチを手に取る。
「なに、してるの?」
「あ……」
背後から声をかけられて振り返ると、そこには彼本人がいる。
「あま、こ……。帰ったんじゃ……」
「忘れ物に気づいたから取りに来たんだ。あ、良かった。茂木くん。ハンカチ拾ってくれたんだね。ありがとう」
ふわりと笑って俺の手元を見つめる天子は、どんな生徒にも常に笑顔で人当たりが良く、名前からしても天使のような子。
「あ、うん……」
盗み損ねたハンカチを天子に渡し、それをカバンにしまう天子がおもむろに顔をあげ、にこりと微笑む。
「ねぇ。昨日、ここに置いてあったリップ。どこに行ったか知らない?」
「え?いや……」
「だよね。一昨日も、忘れたペットボトルが無くなったんだけど。誰かに捨てられちゃったかな?」
「まぁ、多分……」
「やっぱりそっかぁー。なーんか最近良く忘れ物して帰っちゃうんだよね。この間なんかさ。お気に入りのシャーペン忘れて、あれも見つからないんだよね。困ったなぁ」
「ああ、緑色の……」
そう言った瞬間、微かに天子の笑顔が陰った気がして、無意識に口元を押さえる。
「そう、それ!見つけたら教えてくれる?」
「ああ、うん……」
見つけるも何も、そのシャーペンは俺の家にある。
「じゃぁ。よろしくね、茂木くん。また明日ー!バイバーイ」
可愛く手をヒラヒラと振りながら教室を出て行く天子を見送り、俺も重い足取りで家路に着く。そして机の上にある鉛筆立てから緑のシャーペンを抜き取りカバンにしまった。
「天子。あの、これ……」
「あぁ~!僕のシャーペン!見つけてくれたんだね。ありがとうー」
「あ、や、うん……」
ニコニコと笑う天子は今日も可愛い。
「凄いね。昨日の今日で見つけられるなんて」
実は自分が盗んだなんて言えない俺は、ただ嬉しそうに話す天子に目を泳がせて床を見つめるしか出来ない。
「たま、たま……。たまたま、気にしてたら。廊下に、落ちてたんだ……」
「そうなんだね。ほんと良かったー。助かったよ茂木くん。ありがとう」
「ううん……」
「そうだ。茂木くん。今日の放課後空いてる?お礼したいから、一緒に帰らない?」
天子の弾んだ声に心が締め付けられる。
「お礼とか、そんな……」
「だーめ。こういう事はちゃんとしないとね。放課後ちゃんと待っててよ?」
「う、うん……」
いつもと変わらない天子の笑顔に罪悪感を抱きながら、自分の席に着く。それを真顔で見つめる天子の視線にも気付かずに。
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