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望まぬ再会

ゆっくりと壇上に上るその男の顔を見た時、心臓が止まるかと思った。 どうして、あいつが………。 「今日からゼミの特別講師を務めてくれる事になった、天城宗佑(あまぎそうすけ)先生だ」 講義室に入ってきた男について、ゼミの担当教授が紹介を続けた。現役の精神科のお医者様をなさっているが、忙しい診察の合間を縫って………。 え、精神科……? 「なんで………」 混乱した俺の頭には、教授の話は半分以上入って来なかった。なんで、こいつが、ここに。そんなワードがぐるぐる頭を回る。 「あゆ君?」 隣に座る由信(よしのぶ)が小声で俺を呼んだ。機械の様にぎこちなくそっちに顔を向けると、由信が丸い目をもっと丸くして小首を傾げている。俺のなんで?どうして?はどうやら声に出てしまっていた様だ。けど、幸いな事に不思議そうな顔をしているのは由信だけだから小声ではあったみたいだ。 由信には小さく首を振って大丈夫だと伝えるけど、少しも大丈夫ではない。あいつ、どういうつもりで………。 俺が天城から目を離せないでいる間、当の天城がピンポイントでこちらを見ることはなかった。見た目だけは爽やかな白い歯を出してゼミ生を見渡しながらよろしくと挨拶をしている。 もしかして、俺に気づいてない……?ここに来たのは偶々偶然で、俺とは関係ないのかもしれない。それなら、こうして頭を挙げてじっと見ていちゃいけない。なるべく気付かれない様に、目立たない様に。そう思った俺は、そこから始まった講義を、殆どずっと俯いたまま聞いた。隣から訝しむ視線を何度か感じたものの、答えてあげる余裕はなかった。 講義が終わるとすぐに天城は囲まれた(主に女子に)。それをいいことに、目立たぬようそーっと講義室を出ようとした時だった。 「愛由(あいゆ)、久し振り」 生徒たちの輪の中から、背の高い天城が悠々と出てきた。 気づいて、いたんだ……。 天城は間違いなく俺の名前を呼んだし、俺に向かって歩いて来た。普通の顔をして。 そう、普通だ。ただの昔馴染みに会ったみたいに、あまりに自然に。 言ってやりたい事は沢山あった。いや、違う。そんな事よりも、もう会いたくなかった。顔も見たくなかった。なのに、なんでこいつ、こんな普通に俺の目の前にいんの? 「元気だった?」 「…………」 「俺がいなくてもちゃんと笑えてた?」 ――――気づけば駆け出していた。 由信が「あゆ君!」と俺を呼びながら追いかけてくるのがわかる。でも、止まれなかった。俺たちの間にあった一番重要な事をなかったことにするつもりかと思うと、怒れて仕方なかった。あのままあいつの傍にいたら、怒鳴って殴りかかってしまいそうだった。 「もー、あゆ君、どーしたの?」 1階のホールまで逃げてきてようやく立ち止まると、後から追い付いてきた由信が息も切れ切れに言った。 「ごめん……」 「何かあった?」 「……別に」 「よっ!及川(おいかわ)、よっしー」 俺達の会話に割って入ってきた土佐(とさ)に今日は感謝した。役に立つ事もあるものだ。珍しく。 「よっ、じゃねーよ。お前ゼミどうした?」 「はは、寝坊な。おはよー」 「おはよー土佐」 「おはよーじゃねえだろもう昼だぞ」 あんな事があった直後なのにいつも通りの会話ができている自分が意外だった。正直まだ心臓はバクバク言っているし、動揺だってしてるけど、呑気ないつも通りの土佐の顔を見たら毒気を抜かれたというかほっとしたというか。 「細かいこと気にしねえでさ。お前ら、飯は?」 「まだ」 「んじゃー学食行かね?」 「え、うん。でも、サークルの奴ら、いいの?」 由信が向こうのテーブルを指差している。そこにたむろしているのは、土佐も所属しているイベント系サークルの連中で、その椅子のひとつに土佐がいつも使ってるリュックがかけてあった。 「いーのいーの。別に話ある訳じゃねーし」 土佐はそう言うとテーブルに向かいリュックをひょいっと取ると、仲間達にじゃーなーと言って再びこっちに戻ってきた。別に、俺達とも特に話ねーじゃん。 そう思ったけど、今更土佐に突っかかるつもりもないし、いても特に害はないし。 3人連れだって学食に向かう道すがら、土佐は色んな奴から声をかけられる。クラスメイトからもそうだし、あとは俺や由信の知らない連中だ。多分、サークルのメンバーとか、高校の部活繋がりの奴とかだと思う。 「俺日替わりにするかなー」 「俺もー」 「……俺も」 今日の日替わりはミックスフライ定食だった。ハムカツと、トンカツと、白身フライの入った。 「あ」 由信が食券を買った後俺も買おうとしたら、日替わり定食に売り切れの赤いランプが点いていた。 ツイてないな。 少し迷って、100円足してエビフライ定食のボタンを押した。もう揚げ物を食べる口になっていたから。 「あれ?及川、日替わりじゃなかったの?」 エビフライ定食を受け取ってテーブルにつくと、俺のトレイを見て土佐が言った。 「売り切れてた」 「あ、ごめん!俺で最後だったんだ」 別に由信のせいじゃない。 「なー俺のハムカツいる?」 「いらねえ」 「エビフライ1個と交換!」 「お前それが目的かよ」 「俺も、トンカツと交換して欲しいな」 「いいぜ」 「ずりい!なんでよっしーにだけ!」 結局土佐とも交換してやって、俺の皿の上はハムカツとトンカツとエビフライのミックスフライ定食みたくなった。でも、エビフライ1個とハムカツひと切れじゃ割に合わない気がする。 「土佐、ハムカツもういっこよこせ」 土佐は「えー」とか言いながらもハムカツをもうひと切れ寄越した。由信が「トンカツもまだいる?」と言うが、それは遠慮する。 「及川って細っこいのによく食うよな」 「うるせ」 細っこいのには余計だ。人間食わなきゃ死ぬんだぞ。 * 「へえー、新しい先生入ったんだ」 「入ったっていうか、外部講師みたいな感じだと思うんだけど」 大方食べ終わり、水のおかわりをついで戻ると、由信と土佐がそんな会話をしていた。もしかしなくても、天城の話だろう。 「医者なんだって。若いし、なんか爽やかイケメンって感じで、女子が騒いでたよ」 「ふーん」 「そう言えばあゆ君、あの人と知り合い?」 土佐が興味なさそうで話もすぐ終わりそうだったのに、由信は俺を振り返った。 由信には会話を聞かれてしまっていたから、何も知らないフリをする訳にもいかない。 「昔、ちょっと……」 「え、及川の知り合いなんだ」 さっきまで興味なさそうだった土佐までこっちを向いた。 「昔って、施設にいた頃?」 「……まあ、そんなとこ」 由信も、追求をやめない。いや、多分追求してるつもりはないと思うけど。 「なんかあったの?」 「別に……。てか、忘れた、そんな昔の事」 由信はまだ何か言いたげだったけど、俺はこれ以上何も言うつもりはない。

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