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第1話

「今日の1位はおうし座のあなた。ラッキーアイテムはミサンガ。最高の一日になるでしょう!」 テレビから流れてくる星座ランキングを聞きながら、足首に視線を落とす。 あの頃は虹色に輝いていたはずのミサンガも、今では大分薄汚れてしまっている。 それでも、これを外せずにいるのは、大澤 崇の存在があったから。 これが切れたら願いが叶う。 そんなジンクスを本気で信じているわけではないけれど、外してしまうと彼への想いも断ち切らねばいけない気がして。 未練がましいと自分でも思いながら、今でも彼への想いを捨てきれずにいる。 洗濯物をベランダに干しながら、空を見上げる。 雲ひとつない晴れ晴れとした空で、溜まった洗濯物もよく乾きそうだ。 こんな気持ちのいい空を見ると、大澤の眩しすぎる笑顔を思い出す。 今日は何かいいことが起こりそうな、そんな気がした。 *** 「ひでえ、雨。」 窓の外を見つめて、思わずそう呟く。 先ほどまで眩しいくらいの太陽が出張っていたのに、急に薄暗くなったと思ったら突然の大雨。 窓の外はモノクロの世界が広がっていて、いきなり夜が引っ越してきたようだ。 ベランダに干しっぱなしの濡れた洗濯物を慌てて取り込んで、濡れた髪をタオルで拭いながら息をつく。 ――最悪……。 当てにならない星座占いなんて見ずに、天気予報を見るべきだった。 そんな後悔を胸にカーテンを閉めると、突然空が明るくなった。 そして、間髪入れずに腹にズンと響くような雷鳴が轟く。 思わずカーテンを開くと、急にチャイムが鳴った。 来訪者の見当がつかずにインターホンを覗いて、思わず後ずさる。 ――なんで、お前が? この大雨の中訪れたのは、高校時代同じサッカー部に属していた大澤 崇だった。 でも、同じチームにいたからといって、家を行き来するような仲ではない。 大澤は部でもエース的存在で、俺は常にベンチを温めるだけの補欠組。 それでも、3年間腐らずにこの部に所属していたのは、ただの下心だった。 クラスも違う大澤との接点なんてまるでなくて、好きでもないサッカー部に入部した。 彼はいつもチームの中心にいて、男女問わず注目の的。 そんな人気者と万年補欠組の俺が話すきっかけなんてほとんどなく、挨拶を何度か交わす程度の仲。 それでも、ただ彼の傍にいたかった。 ふわふわの柔らかな髪は、ベタベタのワックスをつけているみたいにオールバッグになっていて。 白いTシャツが身体にぴたりと張り付き、妙な色気まで背負っている。 ――まずい。 そう思うのと同時に、人生最大のチャンスにも思える。 どうしようかと考えあぐねていると、もう一度チャイムと同時にドアを叩く音。 この大雨の中、居留守を使うのは流石に気が引ける。 というよりも、都合のいい言い訳を探すことで、この状況を肯定したかっただけかもしれない。 「今、開けるから。」 そう短く返事をして、脱衣所からタオルを掴んでドアノブを回す。 すると、髪の先から靴の先まで全身ずぶ濡れの大澤がいた。 久しぶりに会った大澤は、いい意味で変わっていた。 高校時代以上に太腿の筋肉が発達しているのが、短パン越しからでもはっきりと分かる。 毎日筋トレや練習を欠かさず、鍛え上げられた身体はさらに磨きがかかっていた。 日焼けした顔は俺の知っている大澤よりも、何倍もいい男に成長している。 身長も同じくらいだったはずが、目線は1センチ程上になっている。 でも、微笑を浮かべた表情はあの時のままで、過去にタイムスリップしたかのような錯覚を覚える。 「悪い。急に。」 短くそう言うと、俺の目を探るように見つめる。 その姿に軽く眩暈を覚えながら、胸元にタオルを押し付けた。 「ずぶ濡れだけど、大丈夫?」 なるべく大澤から視線を外し、そう尋ねる。 なぜなら、身体のラインがはっきり見えてしまう今の姿は、俺にとって毒でしかないのだから。 大学は確かサッカーの推薦で千葉の強豪大に進学した、と聞いている。 俺はそんなスポーツ強豪大に入れるわけもなく、都内の普通大学に入学し、高校卒業以来接点もない。 だから、また会えるとは、夢にも思わなかった。 例えそれが、雨を避けるための傘代わりだったとしても…… ただ、嬉しい以外の感情が浮かばない。 卒業から1年半。 サッカー部のOBで飲む誘いは何度か俺の耳にも届いたが、流石に顔を出す気にはなれなかった。 もう、忘れるつもりでいた。 大澤の顔を見たら、あの日の烈情に火をつけてしまうことになることは明白だったから。 「亮介から清水んちの住所聞いてて、近かったからつい。急にごめんな。」 「そっか。」 亮介というのは中学の時からの親友で、今でもたまに遊ぶ仲。 大澤と同じクラスだったから、今でも面識があるのかもしれない。 そんなことを思っていると、大澤にタオルを返された。 「サンキュ。助かった。」 「え?」 「雨も、すぐに落ち着くと思うから。ここでしばらく待たせてもらえる?」 そう言って玄関先に腰を落とす大澤の背中。 元サッカー部という接点しかない俺の家に濡れた身体でいきなり上がるのは、憚れたのかもしれない。 その奥ゆかしさに惚れ直しながら、広い背中に声をかける。 「あ、あのさ!!」 「ん?」 「上がってけば?」 「いいのか?」 「だって、風邪ひくと大変じゃん?」 「じゃあ、お言葉に甘えて。」 そう言って水浸しの靴を丁寧に揃えると、裸足のまま部屋に上がり込んだ。

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