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第2話

「ど、どうすれば……。」 今のところ、空は俺の味方をしてくれている。 力強い大粒の雨が窓を揺らし、時折雷鳴が響いている。 大澤をそのまま風呂場に直行させたはいいが、この後のことまで頭が回らなかった。 部屋の中で右往左往しながら散らかった漫画や雑誌、DVDを無理やりクローゼットに押し込む。 ――もっと綺麗に片づけておけばよかった……。 そう思いながら、流し台の上にある珈琲缶に手を伸ばす。 「清水。」 「え、お……。」 声を掛けられ大澤を見ると、バスタオル一枚腰に巻いただけの姿。 その姿に視線を奪われ、手にとった缶が俺の頭に直撃し…… 見事、頭から粉を浴びた。 「大丈夫か?」 笑いながらそう声を掛けられ、泣きたくなる。 ――ダサい。超絶ダサい。 「清水も風呂浴びて来たら?」 「あー、うん……。」 半裸の大澤をなるべく見ないようにそそくさとクローゼットを開けると、先ほど無理やり詰め込んだ雑誌や漫画たちが雪崩のように押し寄せる。 その光景に、後ろで佇んでいた大澤が笑っている気配がして、余りにもダサすぎて死にたくなった。 再び足で蹴りながらクローゼットに乱暴に押し込み、服を適当に掴んで手渡す。 「これ、小さいかもしんないけど。」 「サンキュ。」 大澤の爽やかな笑みに見送られながら、風呂場に駆け込んだ。 *** 風呂から上がると、先ほどの惨状がなかったかのように、部屋はすっきりと片づけられていた。 「さっきの……。」 「ああ、捨てといたから。」 「ごめん。」 「いや、俺こそ急に声かけてごめんな。」 そう言って律儀に謝る大澤に曖昧な笑みを返しながら、冷蔵庫をあける。 しかし、ものの見事に空っぽで、麦茶とビールくらいしか入っていない。 仕方なく麦茶に手を伸ばすと、脇の下から逞しい腕が伸びてきた。 「こっちがいいな。」 背中越しに、大澤の体温を感じる。 ――ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ。 俺と同じ、シャンプーの匂い。 大澤の髪から滴る水が、俺の肩から背中に向かって一筋。 ぞくり、と鳥肌がたった。 でも、それは一瞬で…… ビール缶を掴むと、あっさりと離れてしまう。 名残惜しいような、ほっとしたような複雑な気持ち。 「サンキュ。」 俺に向けてビールを傾けると、ごくごくと喉を鳴らしながら美味そうにビールを煽る。 ――齧り付きたい。 そんな衝動を抑えながら、俺も大人しくビール缶に手を伸ばす。 「それ、まだつけてたんだ?」 「え?」 大澤の視線を辿ると、俺の足首にあるミサンガ。 全国大会優勝に向けて、全部員で編んだ願いのこもった代物。 みんなは優勝を祈願してつけたに違いないが、不埒な俺は「大澤の傍にいれますように」と密かに願掛けをしていた。 全員つけているのは分かってはいたが、大澤とお揃いということが何よりも嬉しくて。 毎日練習で見かける度に、胸が高鳴った。 つけた時は虹色だったはずが、2年も経った今は大分くすんでしまっている。 薄汚れたそれを見て、なんとなくもの悲しい気持ちになりながら、大澤の足首にも目を向ける。 しかし、やはりそこには俺と同じものはなかった。 「まあ、なんとなく。」 1人だけ過去に浸っていたことが気恥しく、それをつま先で引っかく。 「OB会、全然顔出さねえの?」 「はは、ずっと補欠組だったし。」 そう言って曖昧に質問を逃がすと、大澤は「そうか」と言ったまま会話が途切れる。 大澤と2人きりの空間で、幸せな時間のはずなのに肩に重力を感じる。 窓に視線を向けると、先ほどよりも雨が激しく、遠くで雷鳴が轟いている。 音のない空間に耐えられず、テレビでもつけようかとリモコンに手を伸ばす。 すると、テレビに映ったモノを見て、俺も大澤も文字通り固まった。 男の濡れた声と絡み合う裸体。 どうやらテレビと間違えてDVDを起動させてしまったようで、昨日のオカズがばっちり映っていた。 ――何が星座ランキング1位だっ!!!! 間髪入れずに消したが、時既に遅し。 「うっかり間違えちゃった」なんて笑い飛ばせるような内容でもない。 大澤の反応が怖くて、顔を見られない。 「ええと……。」 「友達から借りた奴だから!!」 大澤が何か言い出す前に、捲し立てるようにそう叫ぶ。 「試しに見たけど、やっぱキモいな。」 何も言われていないのにぺらぺらと言い訳を並べるのは、部屋に招いた時に既にやましい気持ちがあったから。 それを悟られた気がして、暴かれた気がして…… じっとしていても汗が滲むような部屋で、背筋が凍る。 ――こんなことになるなら、最初から居留守使えばよかった。 もう大澤の顔なんて見る勇気はなく、しゃがみ込んで自分の膝だけを凝視することに集中する。 ――もう、終わりだ。全部。 さよなら、俺の青春。 「あの、清水?」 「何?」 「勘違いだったら悪いんだけど。」 「……うん。」 「これ、さっきクローゼットから片づけ忘れたみたいで……。」 その言葉に顔を上げると、手渡されたのはゲイ向けの雑誌。 それを静かに受け取りながら、もう言い訳する気力もなく黙って受け取る。 「合ってる?」 こちらが誤魔化しているのだから、わざわざ追い詰めなくてもいいじゃないかと苛立ちさえ覚えながらも、黙って頷く。 すると、息を吐くのが気配で感じる。 「あのさ、彼氏いる?」 「いないけど。」 「好きなヤツとか……。」 その質問には、膝に鼻を擦り付けた。 「片思い、とか?」 「まあ。」 「叶いそうにない?」 「……まあな。」 「じゃあ、今日は俺とどう?」 「は?」 「いや、無理ならいいよ。小雨になってきたし、そろそろ……。」 そう言ってそそくさと帰り支度を始める大澤の腕に、思わず飛びつく。 「もしかして、大澤も?」 「何が?」 「ゲイ?」 「ゲイってか、バイだけど。」 そうあっさりと認めると、俺の目をまっすぐに見つめる。 「マ、マジ?」 「だから、何が?」 へなへなと力が抜けて、床にぺたりと膝をつける。 「大丈夫か?」 「早く言えよ。」 「悪い。てか、清水だって隠してたじゃん。」 「いや、まぁそうだけど……。」 今までいくらでも言うタイミングがあったのに言わなかったのは、底意地の悪さを感じる。 「お互い様だろ」という言葉には頷きかねるが、俺も今まで隠していたことは事実だ。 「てか、大澤は今フリー?」 「今も何も、ずっとフリーだよ。」 そう言って笑うこいつが、モテないわけがない。 数多いた恋人候補を全て蹴散らし、ずっとフリーを貫いているなんて信じがたかった。 でも、先ほどのセリフが蘇る。 「じゃあ、今日は俺とどう?」 今日はっていうことは、今日限定で次はないということで。 イケメンのバイによくいる「遊びだったらいくらでも」の快楽者タイプだと思うと、フリーでいることにも納得がいく。 こんな優良物件を、周りが放っておくわけはないのだから。 本音を言えば、ヤりたい気持ちはもちろんある。 でも、俺は遊びじゃなくて…… 本気だから。 「あ、あの俺とかどう?」 「だから、俺が先に誘っただろ?」 「いや、だからヤり友とかじゃなくて……。」 その言葉をぶつけると、大澤が口端だけで微笑む。 「付き合ってほしいって?」 にやにやと人の悪い笑顔を浮かべながら、流し目を送る。 「んー、どうしようかな……。」 意地悪くそう言うと、俺の手を引く。 「一先ず、ヤってから考えねぇ?」 顔に似合わず凶悪な笑みを浮かべながら、ふわりと抱きしめられた。 それだけで全身に鳥肌がたち、首筋の匂いをかいでいるだけで窒息しそう。 ――心臓、壊れそう。 もういっそのことヤり友でいいやと思いながら、大澤の背中に手を回した。 「じゃあ、楽しもうぜ。」

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