1 / 5
陸 糸 過酷
人魚姫は声と引き換えに
愛する人のために足を手に入れ
陸に上がった
「え…」
診察室で、僕は耳を疑った
「後天性のΩだと言われて戸惑うのは仕方のない事です」
「……」
「それに貴方の場合、既に発情期に入ってしまっていますので、どこまで効果があるかどうかわかりませんが…抑制剤を出しておきますね」
…僕には、憧れの人がいた
その人はαだから、もし僕がβでなくΩだったら、運命の相手になれたかも…なんて夢みたいな事を考えてしまったからだろうか……
体が熱い……薬、ちゃんと飲んでるのに……やっぱり効いてないのかな…
欲しくて疼いてしまう欲望を抑え、教室を出る
周りはβばかりだからか、僕の異変には気付いていない様だ
…しかし
「なぁエル、お前から凄ぇ甘い匂いすんなぁ!」
人気のない廊下の窓から外を眺めていると、背後から肩を抱かれ、耳元で囁かれる
驚いて首を捻って見ると、それは同級生の高瀬だった
彼は『もし俺がαだったら、Ωを沢山囲って毎日ヤりまくる』と公言する変態だ
「……お前、Ωじゃねぇ?」
「え…」
「俺さ、実は最近αに属性変わったんだよね…だからΩのフェロモンには超敏感なの」
僕の首筋に高瀬の鼻先が触れる
それだけで体の芯が蕩ける様に熱くなり、欲しくて欲しくて堪らなくなる
「なぁ、αとΩの運命の赤い糸って信じる?」
「……え…」
「俺さ、冗談抜きでお前に凄ぇ運命感じてて、番になりてぇんだけど、……お前は?」
顎を掴まれ高瀬の顔が近付く
「……!」
ヒートのせいもあるのかもしれない…わからない…でも、でもそんなの……
「……っ、やだ!」
僕は高瀬を突き飛ばして逃げた
多分、僕の番は高瀬だ…
何故だかわからない、けどそう直感した
…嫌だ…そんなの…
そんな過酷な運命なんて…
……助けて……正木……
「…エル?」
アパートの部屋に籠っていると、合鍵を持っていた友達の正木が入ってきた
「今日学校休んだと思ったら……この匂い」
「ごめ、正木……」
濃厚なフェロモンは、βの正木にも感じてしまっている様だ
「外にまで漏れてるよ…エル、お前Ωだったのか?」
正木の声が僕の鼓膜を甘く震わす
それだけで全身が痺れ、ゾクゾクした
部屋の隅で発情に耐える僕に。正木が近付く
心配そうな顔で、僕に手を…
触れられてしまったら、もう……僕は…
「……正木、僕、ヘンなの…おかしいの…」
僕は裾を捲り上げ、素肌を正木に曝す
熱くて熱くて…気が狂いそうになる…
「抑制剤飲んでも、全然効かないの……お願い、正木…僕をメチャクチャにして……」
涙が溢れ、零れ落ちる
僕は、何てこと……
「できないよ、そんな事…」
正木は複雑な表情を浮かべ、僕から目を逸らす
…拒絶、された……
羞恥と絶望で、頭が真っ白になる
泡になって、消えてしまいたい……
顔を背け、涙を拭った
「ごめ、…嫌だ、よね……」
「違う!
……嫌じゃないから、嫌なんだよ!」
気付けば、正木に抱き締められていた
「好きだから…凄ぇ抱きてぇよ!…でも、好きでもない俺としたって後で解ったら、お前……傷つくんじゃないか…?」
正木が僕の頬に触れ、僕を熱い目で見た
「…まさ、き……」
全身が蕩ける様に身も心も熱い…
瞬間、高瀬に迫られた時に正木の顔が浮かんだ事を思い出す
……その理由が今、やっと解った……
再びぽろぽろと涙が零れ落ちる
「……僕も、好き……正木の事が好き
…だから、正木の好きに、して…」
正木の手が、僕の手を取り指を絡める
熱い視線が絡み合い
引き寄せられる様に唇を重ねた
ともだちにシェアしよう!