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第2話 あ
空に真ッ黄色のボールが弧を描く。テニスコートのフェンスを沿うような歩道をゆっくり歩く。下見はしてある。だから初めて見たという感動はない。
薄い青いジャケットに鷲色の髪をなびかせ、高宮はがらがらとキャリーバッグを転がして歩いた。中学校の修学旅行で使ったきりの、埃塗れだったキャリーバッグ。
親の離婚で、母親についた高宮は引っ越した。高校も通える距離ではなく、一人暮らしも億劫だ。祖父を理事長とするこの学園へコネで入学出来たのだ。
ふと視界のど真ん中に何か落ちてくる。目の前のアスファルトにバウンドし、高宮の身長を超える。
「すみませーん」
若いはきはきした声の方向を見る。
「ボール、取って・・・・・もらえませんか・・・・」
フェンス越しに小麦色の肌をした、黒髪で長身の男子が立っている。ただ、その声は低く暗く、曇っていて、初めに聞いた声とは性質的に違っていた。
「あ、はい。いいですよ」
高宮はにこっと笑って、力なくバウンドを繰り返しおとなしくなっていくボールを掴んだ。そしてフェンスを越すように高く投げた。
「あり・・・・がとうございます・・・・・」
テニスコートが少し、高宮の歩いている歩道より高く造られているせいか、その男子はやたら大柄に見えた。彼はぶっきらぼうにそう言って、フェンスの傍から去っていく。その背中を暫くみつめ、再び歩き出す。
校門をくぐり、校舎に入っていく。生徒用玄関からは入らないように言われていたため、来賓用玄関に回った。
「敬太」
迎えるかのように懐かしい祖父と、堅物そうな男子生徒が来賓用玄関に立っていた。
「おじいちゃん!」
本当に懐かしい。何年ぶりだろう。高宮は祖父に駆け寄った。
「大きくなったな・・・・!事情は聴いているよ。大変だったな」
祖父に勢い良く抱きつき、頭を撫でられる。そうして祖父の隣に立っている男子生徒に目を向ける。
「初めまして。高宮君」
さらさらの茶髪に、銀縁の眼鏡の奥の切れ長の瞳。きっちりとした制服。
「あ・・・・初めまして・・・・」
祖父から離れ、戸惑ったように高宮はぺこりと頭を下げる。
「・・・・・・そう堅くなるな。・・・・・衣澄君、あとは任せたぞ」
「はい」
冷めた声で、衣澄という男子生徒は返事する。
「ここのことは訊いているか?」
睨むような視線に高宮は気まずさに身体を硬直させる。
「え・・・あ・・・・寮・・・・・なんですよね・・・・?」
「・・・・・」
勇気を出して声に出したけれど、衣澄は何も言わず頷いて、歩き出す。
「校舎内と高宮君の教室を案内する」
「え・・・ああ・・・っ!はい」
校舎内は広いけれど、薄暗い。今日は休日のせいで、校舎内の照明は切られているようだ。
「気をつけろよ・・・・。色々と。つらくなるかもしれないが・・・・・」
転校して慣れるのに時間がかかる、という意味に受け取った高宮はこくっと大きく頷いた。
「あの、ありがとうございます!」
冷たい視線を送ってくる割に良い人なんだ!っと高宮は顔を上げて微笑んだ。一瞬、目を見開いて驚いた表情を浮かべた衣澄に高宮は気付かない。
「常識は通用しない。どいつもこいつも・・・・・・・」
半ば独り言のようで、高宮はさほど気にしない。ただ衣澄についていった。
校舎内を一通り回り、寮に向かう途中に、部活について訊ねられた。部活はほぼ強制であるが、文化部か運動部かは特に問われないそうだ。
「もとは・・・・バスケ部でした・・・」
「そうか。もうバスケ部には入らないのか」
高宮はこくりと頷いた。文化部に入ろうかと思っていた。
「寮は1人1部屋だ。」
「・・・・・はい」
1人部屋か。見ず知らずの人たちに囲まれるのと、1人でいるの。高宮は迷子になった気分だ。ルームメイトくらいならすぐに仲良くなれると思ったのだけれど。いずれにしろ寂しい。
「寂しいのか」
「いえ・・・・・」
しゅんっと俯いて高宮は肩を落とす。
「一夜くらいなら付き合ってやらないこともない。変な意味ではないが」
真顔でそんなことを言われ、情けなくなる。真顔しか今まで見ていないのだけれど。せめてひやかしてくれればいいのにと高宮は思った。
「大丈夫です・・・・」
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