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第3話 い
高宮に与えられた部屋は2人分なら小さいかもしれないが、1人には十分な大きさだった。ドアのある対面にだけ大きな窓がついている。その窓に沿うようにベッドが設置され、ベッドの横には机。そして引き出しとクロゼット。小さなダンボール。入り口に小さな蛇口と洗面所がある。
「ここが、オレの部屋・・・・・っ」
部屋の真ん中で、目をきらきらさせる高宮。
「兄がいるのか?」
「いいえ。オレが長男で、妹がいます」
にこっと笑って、開けっ放しのドアのところにいる衣澄に振り返る。
「そうか」
気のせいか衣澄の口元が緩んだ気がした。
――――衣澄さんも兄弟いるのかな・・・・・?
「明日他の荷物が届くみたいだな。そのときは部屋の外に置いておく」
「はい。ありがとうございま・・・・」
お礼を言い終えるか否かというときに壁が叩かれる音がする。叩かれた壁の方を見て高宮は黙った。
「すまない。隣は・・・・確か有安・・・・・」
さらさらのストレートの茶髪を掻き乱して溜め息を吐く衣澄。
「全部把握・・・・しているんですか・・・・?」
「寮長が不在でな。代理をしているんだ」
「隣の人、大丈夫ですか・・・・・?」
「・・・・・・見てくる」
衣澄がドアの死角に入り、姿が消えた。
「有安、大丈夫か」
衣澄の声に続いて、男にしては高め、女にしては低めの綺麗な声が聞こえた。
「あ?貴久?ごめん足が滑った」
「壁を壊すなよ。隣、新居者が来ているんだ」
高宮は隣の子は女の子かと思った。そして男の隣はまずいんじゃないか、と思ったところでここが男子校だったと思い出す。
「え?マジ?今まで寂しかったんだよね~」
どんな子なんだろう。近くで足音がした。そして段々大きくなってくる。
「お?」
色素の薄い髪が高宮の視界に入った。目の大きな、色白の「男子生徒」とかいう厳ついイメージの無い、「少年」。しかも「美少年」。高宮の目が大きく見開かれた。
「あ・・・・初めまして・・・・・高宮敬太です」
上半身を曲げ、挨拶する。
「ど~もっ!有安響生(アリヤス ヒビキ)でぇっす」
気さくに手をひらひらと振り、にこっと笑う。可愛い、と高宮は思った。
「・・・・・有安、あまり挑発的なことするなよ」
「大丈夫だよ。なんなんだよ貴久」
衣澄と有安の会話をぼんやりとしながら聞いていた。女の子みたいだけれど、どこか男っぽいサバサバした口調と態度がギャップを生み出し、惹き付けられる。
「け~たん怖がってるじゃん。いっつもそういう仏頂面してるから!いいよ。ボクが色々教えてあげる」
有安が、ね、と星マークでも飛ばすような笑顔を向け高宮に寄ってきた。
「あ・・・・・」
有安は高宮の腕を掴んだ。早い者勝ちとでも言わんばかりに衣澄に笑みを向け、有安は高宮の部屋から出て行った。
「いっや~、暇、でさ~」
「え・・・あ・・・・?」
「もう殆ど案内とかしてもらったのかな・・・・?」
有安は小さかった。女の子だったら大柄かもしれないけれど、男の子にしては小柄だ。高宮の妹よりは流石に大きかった。
「はい・・・・・っ」
「け~たんのクラスは?何組?」
「あ・・・・2年C組です」
そう言ってから有安は目を見開いた。
「・・・・同い・・・・・年・・・・・・?」
言葉を辿るように有安は呟いた。
「なんだ、タメか~!じゃぁ貴久ともタメだ!」
「え・・・・・」
「あっははっは。威張り腐ってるから3年みたいだよね!」
「あ・・・・有安さんは2年生・・・・・?」
うん!と可愛く笑う。すごく可愛い。
「もう!響生でいいよ!」
第一印象が先輩だったため、今更呼び捨てには出来ないと高宮は思った。有安に掴まれた腕の部分がじくじくと疼く。超音波の映像みたいに、中心から広がるような痺れ。
有安からは、寮の食堂、トイレ、大浴場の説明を受けた。ただ、ほとんど耳に入っていない。声だけが頭と耳をすり抜け、言葉の意味は全く理解していなかった。
再び高宮の部屋に戻ると、まだ衣澄が部屋を覗きこむように壁に凭れていた。
「貴久~。ボクもう塾の時間だから~」
「・・・・すぐ辞めると思ったが、続くもんだな」
バトンタッチのように、掌を打ち付け合う衣澄と有安。衣澄の腕の位置は低めだった。
「まぁね」
有安が自身の部屋に戻ったのを見計らい、衣澄が高宮の肩を掴む。
「有安に惚れるなよ」
背後から耳元で囁かれる。どきっとした。耳元で囁かれる緊張と、有安について言われたこと。
「・・・・・・」
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