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第4話 う
次の日は学校だった。
「高宮敬太です・・・・」
出身地、前の高校を言って、名前を言う。誰も知らないところのようで、少し寂しかった。教壇から教室を見渡す。窓際の席に衣澄がいた。昨日有安に言われた通り、同い年の、しかもクラスメートだった。
衣澄は窓の外を見つめ、高宮を見ようとはしなかった。
自己紹介のあったSHR が終わり、1時間目までの10分の休憩がある。高宮は衣澄の席に向かった。
「衣澄・・・・・」
何と呼ぼうか迷ったけれど、有安の「衣澄とも同い年」発言を思い出し、思い切って呼び捨てにした。
「・・・・前日から転校生を知っていると、面白味がないものだな」
衣澄が高宮の方を向かないままそう言った。
「ずっと3年生だと思ってた」
「・・・・・俺もお前が1年だと思って対処していた」
そんな衣澄の話も聞かず、きょろきょろと周りを見る。
「本当に男子しかいないんだね」
「共学だったのか」
「そう。隣も後ろも斜め後ろも女子だったよ」
そういう環境に慣れていたせいか、この教室は蒸し暑いような、女子のコロンなどの甘ったるい匂いがしない。菓子パンの甘い匂いはするけれど。
「いい環境だ」
「だから有安さんに・・・・・」
いつの間にか呟いていたようで、はっと口を押さえる。おかしい。男を女の子を見る目で見るなんて。
「有安?」
キッと衣澄は鋭い眼差しを高宮に向けた。
「いや・・・・だってこんな環境にいたら、有安さんみたいに可愛らしい人って、結構重宝されるんじゃないかなって思って・・・・・」
軽蔑したような視線を解くことはないまま、衣澄は溜め息をつく。
「まぁ・・・・確かにそうかもな・・・・・」
「衣澄ってホモなの?だから男子校なの?」
からかうわけでもなく、悪意のない高宮の問いに衣澄は驚きの表情を見せ、肩をびくりと震わせる。
「一緒にするな」
有安のような中性的な人に好意を抱いている方が健全にみえる。男でも。
衣澄は机から教科書、ノート、赤い透明な下敷き、筆記用具を出している。
「1時間目、化学実験室なんだ。行くぞ」
「あとで時間割票みたいなの送っ・・・・・」
自分の荷物を取りに行きながらそう言う。
「・・・・アドレス知らないや・・・・。後で渡す!」
教科書はまだ渡されていないため、筆記用具と真新しいノートだけ持った。
2年C組の教室を出て行く。他の教室を覗きながら高宮は歩いた。
F組が騒がしかった。なんだなんだと高宮は覗く。高宮が止まるたびに衣澄も態々止まった。
真っ赤な首輪をつけた上半身裸の少年が床に転がっている。首輪から伸びる首輪と同じ色のリードを視線で辿ると、男子生徒が握っている。ゴミ箱を倒してしまったようで、ごみを被っている。周りは野次を飛ばしている。
「・・・・・あれは・・・・?」
「見て、分かるだろ」
高宮は冷静な衣澄の言葉に眉間を寄せた。
「お前のいた学校ではどうだか知らんが、ここは、そういうのが普通にある」
淡々と衣澄はそう言った。そんな態度の衣澄を高宮は睨んだ。
「止めようとか、思わないの」
「・・・・・・もし止めてなかったら、暴力だけで済んだんだろうな」
衣澄が高宮から視線を外し、肩で息をしながら弱々しく身体を起こす少年を見た。色の白い肌に鬱血痕と、歯型。
高宮には衣澄は何を言っているのか分からなかった。
「目の前で起きていることを一時の感情だけで止めても、根本は変わらないんだ」
そう言って衣澄は再び歩き始めた。高宮は顔を顰めて、衣澄を追った。前の学校ではあんな異常な光景を見たことはない。ここに来たら、もうどんな理不尽なことにも耐えなければならないのだろうか。首輪の少年の姿が脳裏に焼きついて離れなかった。
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