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第5話 え
化学実験室ではビデオを観た。けれど頭に入らなかった。首輪の少年がゴミ箱の中身をかけられ、野次を飛ばされる光景だけが脳裏を支配した。彼はどうなったんだろうか。無事に授業は受けられたんだろうか。そんなことを考えているうちに、いつの間にか授業は終わっていた。我に返った頃にはクラスメートの姿もなくなり、静かに衣澄が立っていただけだった。化学の先生も教壇から姿を消していた。開けっ放しの窓から吹き抜ける風にカーテンが踊る。
「初めての授業に、緊張したのか」
高宮は首を振った。
「・・・・・さっきのか」
黙って頷く。溜め息が聞こえた。
「なんで?あれ・・・・普通のことなの・・・・?」
――――男子校では普通のことなの?前の学校は共学だから、あんなことなかったの?
衣澄は返事をしなかった。ただカーテンが視界の端でちらちらと揺れる。衣澄だけを責めるように、高宮は衣澄を睨んだ。
「普通のことだ」
待って、遅れて返ってきた言葉は予想とは違って。
「もう、衣澄は慣れてるの・・・・?」
「F組じゃなくてよかったな」
返答は返答になっていなかった。
「どうにかできると思っているのか」
「思ってる・・・・。どうにかしなきゃ・・・・」
「どうにかしたいなら、F組の神津という奴には関わるな」
神津という名前を出され、高宮は首を傾げた。
「お前みたいなのは落とされる。巻き込まれるからな」
「落とされる?巻き込まれる?」
衣澄は頷いた。
「気に入らない奴は、ああされる」
首輪をつけた上半身裸の少年が脳裏を過ぎった。そして衣澄の表情が歪んだ。歪んで、そして俯いた。
「前に仲の良かった奴が・・・・な・・・・」
さっきの赤い首輪の子だろうか。そう思った。衣澄は唇が噛み締められていた。
「・・・・・ごめん」
衣澄を責めたってどうしようもない。新しく来た奴が偉そうに何を言っているんだろう。高宮は衣澄の歪んだ表情にいたたまれなくなった。
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