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第6話 お

 2時間目は数学。衣澄とは一言ももう話さなかった。化学実験室から戻ってくる間も、授業が始まるまでの休み時間も。F組の前を通らない道は遠回りだった。ベランダ側から2列目の2番目の席の高宮は、窓際の後ろの方の席にいる衣澄の表情は見えなかった。プリントが配られ、周りは黙々とそれを解いている。数学の先生は教卓で数学の本を読んでいる。問題は前の学校よりもレベルが高いと思った。衣澄のこと、F組のこと。考えることがありすぎて、暴れたくなってくる。プリントに集中した。この難問はありがたかった。  チャイムが鳴った。シャープペンシルから手を放し、顔を上げる。集中していても、大問が4つあるなか、2つほどしか解けず、その2つも完答しきれていない小問がちらほらとある。  3時間目の古典、4時間目の現代文、5時間目の物理、6時間目のライティングを終えたが、衣澄と話したことといえば、昼休みに、高宮が菓子パンをすすめたことだけ。けれど断られた。  衣澄はバスケット部に在籍しているようで、まだ部活に入っていない高宮は寮に戻った。自室のドアに郵便受けが設けられ、沢山書類が入っていた。それをひったくるように取り、入り口すぐにある照明のスイッチを殴るように点けた。1日目は乗り越えられた。高宮は前の学校の校章が入ったエナメルバッグを乱暴に部屋に置いた。乗り越えられた。けれど、衣澄を傷つけてしまったのではないかと思い、自分の会話を思い返す。衣澄のことはまだよく知らないけれど、おそらく騒がしいタイプではないのだろう。けれど、衣澄が話してくれないのはきつい。転校生だからまだ友達がいなくて拠り所がないとか、そういうのではない。  ピンポーン  自室の入り口にあるインターフォンが鳴った。高宮が反応するよりも速く、ドアは開けられた。 「け~たん。ど~だった?初めての授業は」  誰だよ、と悪態を吐く前に視界に飛び込んだ人物に高宮は口を噤む。 「有安さん!」  小さな顔。きらきらした大きな瞳。さらさらのストレートな髪。男にしては小柄な体躯。有安の姿に心臓を掴まれたような感覚に陥り、脈打つ。 「浮かない顔してるね」  高宮の方が背が高く、有安は高宮の顔を見上げた。照明の光が大きな瞳をよりきらきらとさせた。 「そ、そうですかっ!?」  無意識に有安の両肩に両手を乗せる。ノースリーブの私服を着ていた有安の素肌は冷たかった。 「初日はきつかったかな?」  にこっと笑う有安。赤い首輪をつけられた少年と、有安が同じ学校にいるとは思えなかった。 「あ・・・・・え・・・・。あの・・・・・。なんか前の学校と全然雰囲気が違って」  後頭部を掻き乱して愛想笑い。衣澄の「普通だ」と言っていた言葉を思い出す。有安に対して、有安だけはあのことを知らなければいいと思った。有安におかしな理想を押し付けてしまう。 「そっかー。慣れるといいね。はやく」  高宮は返事を躊躇った。慣れたくは無い。けれど有安に反抗する気はなかった。 「有安さんは、何組なんですか・・・・・?」 「あー、ボク?ボクはA組だよ。遊びに来てね!あの堅物とも」 「え・・・?」 「同じクラスなんだろ」  有安はふわりと笑う。 「衣澄・・・・・。衣澄を傷付けちゃったみたいで・・・・」 「ほへー。アイツを?」  有安は驚いたようだった。 「やっぱり雰囲気が合わなくてさ。・・・・・共学だったから・・・・」  ああなるほど、と有安は片手で拳をぽんと叩く仕草をする。「共学」という言葉で何となく理解したようだった。 ――――ここじゃ普通のことなんだ。普通のこと、、、、

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