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第16話 そ

 売店で朝食を買い、A組の教室を通るところで有安と別れた。  B組の横を通って、C組の教室に入る。衣澄は朝練なのかまだ来ていなかった。数人だけ教室にいる。携帯用のゲームをしていたり、勉強をしていたり、パンやおにぎりを食べている。  高宮も席について、買ってきた朝食を摂った。ツナマヨのおにぎりを食べながら廊下を見つめる。どんな人がいるんだろう、と。談笑して通る生徒、俯きながら通る生徒、イヤホンを耳につけて生徒、携帯電話をいじりながら通る生徒。時間を見ても、早すぎず、遅すぎない時間のせいか廊下を通る生徒は多い。  1人、目を惹く生徒がいた。色が白く、項ほどの長さの黒い髪。視線に気付いたのか高宮の方を向いた。漆黒の瞳と目がかち合う。長い睫、鼻梁の通った鼻と、形のいい唇。背丈は平均的だろう。男性的ではなく女性的な顔立ちだった。 ――綺麗な人だな。  可愛いのが有安なら、美しいのはこの人だと思った。名桜高校で一番綺麗な女子とは方向性が違ったけれど、同じくらい綺麗だと思った。 「どうした」  その綺麗な男子生徒の横にいる人が彼に話しかけたことで初めて目が行く。神津だった。嫌な汗が浮かんだ。かあっと身体が熱くなった。 「・・・・・別に、何でも」  声は冷たかった。けれど外見に似合っている。彼等が通り過ぎ姿が見えなくなっても、ぼーっと廊下を見つめていた。  あの綺麗な人と神津が一緒にいるのが、高宮には何故だか衝撃的だった。理屈では説明できないけれど。 「おはよう、高宮」  衣澄が横にやってきた。 「あ、おはよ」  2度目の挨拶を交わす。 「どうしたんだ」  荷物を下ろしていない衣澄を見ると、今来たばかりなのだろう。 「・・・・綺麗な人がいた」  そして神津も。  衣澄は呆気にとられたような表情をして、すぐにいつも通りの表情に戻り、「そうか」とだけ返した。  高宮的には衣澄も綺麗だとは思ったけれど、男性らしさはあって、「綺麗」という言葉が似合わない気がする。 「そういえばさ、布団掛けたり、電気消してくれたの、衣澄?」 「・・・・・さぁな」  あからさまに衣澄は視線を逸らした。 「そっか。ありがとう」  高宮には肯定に聞こえた。いや、肯定だ。 「綺麗な人、か」  小さく呟かれた言葉を高宮は聞き取れた。誰だか気になるのだろうか。けれどもともとこの学校にいたらなら見たことはあるのではないだろうか。クラスが多いからそうでもないのだろうか。 「今度すれ違ったら聞くから、名前教えてよ」  教えるといえば衣澄のアドレスだ、と高宮はエナメルバッグから携帯電話を出す。 「アドレスちょうだい。赤外線で」  黙って衣澄はポケットから携帯電話を出す。衣澄の携帯電話はスライド式だった。機種も違う。 「じゃぁオレ送信するね」  衣澄が高宮の携帯電話に手を伸ばす。携帯電話同士がぶつかりそうなくらい近寄った。 「衣澄のも」  高宮のアドレスを衣澄が受信し、衣澄のアドレスを高宮に送信する。 「ありがとう」  高宮は衣澄のアドレスを確認するためにアドレス帳を開いた。 「うん入ってる。入ってる。・・・・衣澄は10月8日生まれなの?」  高宮は衣澄のアドレスの英字が並ぶ中で、3桁の数字を見つける。誕生日だろうか。訊ねたところで、メールアドレス、電話番号の下の欄の誕生日に記された日付とは違っている。 「煩悩の数・・・・とか・・・?」  何も言わず、衣澄は視線を泳がす。 「・・・・・とおや」  ふと呟かれた言葉に高宮は首を傾げる。名前だろうか。名桜高校にも同じ名前の人がいた。 「衣澄の名前って 貴久 だよね?」 「そうだな」  誰の名前かを訊ねようとしたとき、衣澄が呼ばれた。見知らぬ顔の人。違うクラスだ。 「すまない」  そう小さく謝られ、衣澄が高宮の目の前から去っていく。  衣澄の様子がおかしい気がした。きっとそれは自分には隠そうとしていることがあって、それのせいで衣澄を意識しているからなのだろうけれど。まだ2日しか一緒にはいないけれど、一番優しいような、けれど避けているような。  ぼーっとしているように、1時限目が始まり、4時限目が終わる。意識はあるけれど、無意識のうちにノートを取ったり、別の教室に移動していたようだった。昼休みになると一気に教室内の人数は減る。いつものように衣澄のもとに行く。 「お前、学食行ったこと、あるのか」  学食、という言葉に昨夜のことを思い出す。けれど、すぐに我に返り首を振る。 「それなら、行こう」  衣澄の言葉に大きく頷いた。

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