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第23話 に
「がっは・・・・」
多目的室の近くにある印刷室も使われていない部屋だった。職員室に新しいコピー機が来てからは使われなくなった。
神津はそこに高宮を連れてくると乱暴に中に入れ、体勢を崩し転倒した高宮の頬を殴った。胸倉を掴んで何度も何度も頬を殴打する。
「・・・・ぅぐっ!・・・・痛っ・・・・」
どうして自分はこんな暴力を振るわれなければならないのだろう。痛む間もなく次から次へと拳が振ってくる現実から逃げるようにそう考えた。
目が虚ろになるくらいからか、神津の手が止まった。
「・・・・・っふ」
人差し指と中指を口に入れられ、神津はポケットから携帯電話を取り出した。
「こっち向けよ」
指を噛もうという気にはならなかった。後が怖かったのと、神津があまりにも寂しそうで悲しそうな顔をしていたから。言われるがまま神津の言う「こっち」を向いた。
パシャッ パシャッ
2本の指を口から出し入れされているところでカメラのシャッター音が鳴った。
「いやらしい顔・・・」
そう言われたあとに、もう一撃喰らい、携帯電話の角が頬骨にヒットした。床に転倒し、冷たい指先で熱を持っている頬に触れる。
「奴隷ゲット」
冷たい声。綺麗な声質だ。
明るい短髪。整った顔。薄い二重の瞳。悪魔がいたらきっとこんな顔なんだろう。高宮はそう思った。
唇の端を切ったのか、痛みが走ると上手く口が閉じられず、涎が滴る。
「・・・・・・はは・・・・」
涎が滴り、顎を伝う。それが床に落ちる前に、神津が拭った。おかしな笑みを浮かべ、再び高宮を殴り始めたた。神津の拳も赤くなってきている。
「う゛っ」
横たわった高宮の腹を蹴り上げた。高宮は咳き込み始める。
「お前、痛めつけられてるとこが一番エロいわ」
咳き込む高宮に構うことなく、胸倉を掴み、神津はそう言って笑った。楽しそうだった。
「明日、また呼び出すからな。絶対来いよ。お前の可愛いクソビッチのために、な」
意識が飛んだ。目蓋が急に重くなる。眠いのと同じ感覚だった。がくっと高宮が完全に意識を失って、項垂れるのを確認すると神津はまた不敵に笑った。
神津が去るのを意識を失ったふりをしながら見つめた。痛む身体に鞭打って、保健室に歩いた。
誰もいない保健室のベッドにダイブすると、いつの間にか、寝ていた。
「・・・・や・・・・。・・・・みや」
「・・・・かみや・・・」
――神谷・・・・・?神谷は隣の隣のクラスの学級委員だ。・・・・ああ、でもそれは名桜のときのだ・・・・
「たかみや!」
一瞬にして目が覚める。聞き覚えのある声に。ここに来てからずっと。
「ぅわっ!衣澄!」
目の前に衣澄がいる。
「お前は何をやっているんだ」
「いや・・・・特に何も・・・・」
額を押さえながらそう言った衣澄に安心した。
「頬、腫れてないか?朝は腫れてなかった気がしたが」
言われて頬が疼きだす。
「何をしたんだ・・・・・」
衣澄は一度座っていたパイプ椅子から立ち上がり、消毒液や綿、絆創膏やピンセットが入っている箱を出して高宮の寝ているベッドまで持ってきた。
「唇切れてるし、頬、青いぞ」
衣澄はピンセットで消毒液で濡らした綿を摘まみ、高宮の唇の端に当てた。鋭い痛みに顔を顰めた。
「柳瀬川君って、どんな人?」
ふと鼻腔をついた衣澄の匂いが柳瀬川を彷彿させる。そういえば同じクラスだった。
「・・・・・・」
衣澄の表情が微かに歪む。何かまずいことを言っただろうかと思いながら、湿布が貼られ、頬を手で触れる。衣澄の手が高宮の鳶色の髪に触れた。変な感覚だ。衣澄に髪を触られるというスキンシップが意外で。
「何か、されたのか?」
衣澄のドアップに顔が真っ赤になり、湿布の冷たさがじんじんと疼いている。何も言えない。知られたくない。知られてはいけない。
「何でもないよ。何となく」
高宮は笑った。衣澄といると身体と顔が熱くなる。触れられたところもずきずきと疼く。痛いとかではなくて、甘酸っぱいような。有安といるときとは違う。甘えてしまうような、そんな子どもに戻ってしまうような感覚。安心しているんだな、と自分でも分かる。
「あまり心配させるな。学級委員は楽ではないんだ」
彼がここにいるのは自分の為ではない。学級委員という責務を果たしているだけなのだと言われているようで、何ともいえない痛みが胸を襲った。保健室に来ているのが自分でなくても衣澄はやって来るということか。
――今は部活の時間だったんだ。衣澄、真面目だから部活に戻りたいに決まってるよな。
「ごめん。衣澄、もう部活戻っていいよ。ありがと。ちょっと階段で転んで顔打っただけだから」
明日も神津に会わなければならない。そう思うと憂鬱になった。けれど有安の身のためにも、行かなければならない。ここで衣澄に甘えていてはいけない。
「高宮・・・・・。ちょっと転んで顔打ったような傷じゃないだろう・・・。何があったか無理に訊くつもりはないが、一人で溜め込むなよ」
衣澄のいない方に寝返りを打つ。
「・・・・・」
「そんな顔で、有安に会うのか?心配されるぞ」
有安に心配されるのは嫌だった。けれど会わないわけにはいかない。それに会いたい。衣澄のような安心感はないけれど、癒される。ぎこちなくなってしまったけれど。
「有安が・・・・・っ」
「うっるさいな、衣澄。放っておいてくれよ!」
衣澄が言い終わる前に高宮は叫んだ。
――早く、どっか行けよ・・・・
この手が衣澄に縋る前に、早く。
「じゃぁな」
すっと立ち上がって、座っていたパイプ椅子を畳んで去っていく衣澄。まだ、今ならまだ衣澄を呼ぶことができる。一緒にいて欲しい。縋りたい。全てを話して、助けて欲しい。
けれど、自分以外には無邪気に笑う有安を、ずっと傍にいてくれた衣澄を想うと、言えるはずがなかった。有安が汚らしく扱われ、衣澄が巻き込まれいいように扱われる。そんな光景を見たくなかった。そうしてそれに耐えられない。
――あんな風に・・・・っ
綺麗な黒髪を揺らし、顎を突き出して見える喉笛が噛み付きたくなるくらい艶かしい彼が思い浮かんで、頭を振った。男同士の行為には見えず、髪を振り乱して、喘いでいる彼の姿を思い出すだけで股間に熱が集まってくるのを感じてしまう。
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