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第87話 ツ

*    部屋は片付いていた。ほっと胸を撫で下ろす。借りたジャージを返すのに、また会わなければならないのか。 ――嫌だ、な・・・・  強姦魔と被害者。新しい関係を築いてしまえば、衣澄を心配させることはない。強引だが、それが今のところ一番いい。  視界がじわりと滲む。 「助けて・・・」  気付くと口が動いていた。誰に向かって言ったわけでもない。ただ口が動いた。 「助けて・・・」  膝が床にぶつかった。大腿からじんわりと広がる痺れも気にならなかった。脳裏を過ぎるのは柳瀬川。いつも助けてに来てくれる彼がいつのなっても現れない。高宮は顔を覆った。指の間から嗚咽が漏れた。 「助け・・・・て・・・・」  鼻を駆け抜けた袖の匂いは嗅ぎ慣れたものではなかった。それを誤魔化すように、鼻が詰まってくる。床に手を着くと、涙が滴る。 「高宮くん!」  誰かの声が聞こえるのも気にならなかった。ぼろぼろと涙が零れ喉が熱い。 「高宮くん!」  熱っぽい手が高宮の頬に触れた。唇に一瞬生温かい感触がする。 「大丈夫・・・?」  心配そうに顔を覗き込んでくるのは、樋口だった。 「ユ・・・・ウ・・・どうしたんだ、よ」  鼻を啜って、努めて平生の声を出す。樋口の肩に手を乗せ、距離を取る。 「何となく、高宮くんに会いたくて」  樋口の掠れた声と、笑顔。高宮の胸の奥底で、何か黒いものが生まれる。 「・・・・・高宮くんに会いたくて、会いたくて・・・・・それで・・・・」  赤い顔をして、樋口は微笑みかける。何故だかそれに嫌悪感を覚える。 「・・・ユ・・・・ウ・・・・?」  後退ろうとするのと同時に、樋口に腕を掴まれる。 ――怖い・・・・     熱っぽい手と赤らんだ頬が気持ち悪い。高宮は頭を振る。 「放し・・・・て・・・・?」  樋口は高宮の両頬に両手を添えて、接吻を強いてくる。 「ふぅっ・・・・!」  顔を樋口から離すように後ろに下がろうとするが、樋口はそれを許さない。 「ひゃ・・・だ・・・・ぁ・・・・!」  樋口の肩を強く押して、放す。口元を拭った。 「高宮君は、誰にでも身体開いちゃうんだね」  大きな瞳が高宮を捉えた。樋口の口から出た言葉が高宮を殴る。「うそ」。声にならない言葉が高宮から零れた。 「荻堂さん、かっこいいもんね。仕方ないよ」  ただのはったりじゃない。高宮は背中から何か滴るような気がした。 「なん・・・・で・・・・」 「それでそのジャージも、荻堂さんの・・・・だよね・・・?」 「・・・・・ユウ・・・・何か今日、変だよ・・・・?」 「衣澄くん、ビックリしちゃうよね。高宮くんが荻堂さんとデキてるなんて」  赤い顔でにこりと笑う樋口。目の前の人と、自分は知り合いか?そんあ疑問が浮かぶ。 「言わない・・・で・・・・!」  どうして樋口がそのことを知っているのか、高宮にはどうでもよかった。ただ衣澄に言われてはまずい。そんな気がした。 「言わないで!お願い!言わないで・・・・!」 「・・・・・・やっぱり、衣澄くんにはナイショなんだ。・・・・高宮くんのお願いだもん。言わないよ。でも」  でも。でもって、どういうことだろう。高宮は首を傾げる。 「ベッドに寝て。高宮くん」  

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