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第1話

◇◇ ガチャリと玄関のドアを開けて、中に入る。 その途端もわっとやってくる暑さに顔を顰め、靴を脱いでリビングへと向かう。 リビングのドアを開けると、ふわりと自分のものではない香水の香りが、鼻孔を擽る。 いつものことだと無視して、汗で濡れたTシャツを脱ぎ、洗面所の洗濯機へと放り込む。 そして、汚れた身体を拭くべく、近くのバスタオルに手を伸ばしてーーはと、手を止めた。 そのタオルが白かったから、ぱっと見た時は気が付かなかったけれど、よく見ると小さな白い紙が挟まっている。 そっとその紙を抜き取ってみると、自分の部屋のメモ帳と同じ紙だということに気が付いた。 綺麗に四つ折りされたそれを、開いてみると……真っ黒な文字で、『ずっと見てるよ』。 「……っ」 ぞわりと、背中を悪寒が駆け抜ける。 急いでそれを破り捨て、ゴミ箱へ捨てる。 込み上げてくる吐き気を抑え、何度か深呼吸を繰り返し、どくどくと早鐘を打つ心臓を抑える。 ーー始まりは、一ヶ月前だった。 学校終わり、いつものように家に帰り、玄関のドアを開ける。 そこで、……ふと、違和感を覚えた。 玄関に引いてあるマットが、微妙にずれているような気がしたのだ。 最初は、気の所為だと思った。 きっと、出掛けるときにずらしてしまったのだと。 けれどリビングへと入った途端ーー胸の奥で産まれた小さな違和感は、確信へと変わった。 今まで嗅いだことのないような、香水の匂いがしたのだ。 自分がいつもつけている柑橘系の香水とは、正反対と言っていいような、優しくてどこか上品な匂い。 真っ先に浮かんだのは、最近付き合い始めたばかりの一つ年下の彼女、由佳(ゆか)だった。 だって、この家の合鍵を持っているのは、自分と彼女だけだから。 他の部屋を見に行くと、やけに綺麗になっていたから、もしかして自分がいない間に掃除でもしてくれたのかな、なんてポジティブに捉え、その時は深く考えることはしなかった。 けれど、それが毎日続くと、流石におかしいと思い始めた。 が、決定的な証拠になるようなものはなかったし、警察に相談するのも面倒くさいと思い、特に何の対策もとらなかった。 ーーそれが、いけなかったのかもしれない。 その現象が始まってから程なくして、毎日家のどこかに、手紙が置かれるようになった。 ある時は自室の机の上、またある時はリビングの窓の桟、洗面所の棚の中など、置かれてある場所は日によって様々だった。 その手紙には、黒い文字で『君を見ている』とか、『愛してる』とか、毎日少しずつ言い回しは違うものの、そのような内容が綴られていた。 流石に、この手紙を見つけた時は、警察に相談しに行った。 しかし、自分が男であるからか、警察はあまり真剣に取り合ってくれなかった。 それどころか、こんな事で相談されてもねえ、なんて文句まで言われる始末。 ーーそんなこんなで、今に至る。 誰かに家に入られている、なんて相談したら警察に行けと言われるのがオチだし、それに酷く迷惑になるようなものでもない。 そういうわけで、誰にも相談せず、ほうっておくことに決めたのだ。 手紙だって、確かに気持ち悪いけれど、この通り破り捨ててしまえば別に、何ともない。 きっと相手は女だろうし、いざとなったら力で組み伏せられるだろう。 その時までの俺は、そんな風に、高を括っていたのだった。

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