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第7話
◇◇
「……なあ、暁人 」
「…ん?」
隣に座る暁人に寄りかかりながら、無造作に投げ出された腕に、自身の手を絡める。
「……セックス、したい」
「…また?君って意外と性欲強いよね」
「…嫌いになった?」
「…まさか。むしろ…もっと、好きになった」
「ほんと?…っん…」
ーー暁人と暮らすようになってから、早五年が経つ。
今の自分は、とても幸せだ。
だって、この視界に映るのは、暁人 だけ。
耳に入るのは、暁人 の声だけ。
感じるのは、肌越しに伝わる暁人 の温もりだけ。
これを幸せと呼ばなくて、何を幸せと呼ぶのだろう。
暁人と出会う以前の記憶は消えてしまったし、暁人以外の人は誰も知らないけれど、…でもそれでいい。
だって、暁人以外と触れ合うことなんて、もうないのだから。
「…あ、待って、航一君。花火が見えるよ」
「…はなび…?」
懐かしい言葉の響きが、耳を擽る。
暁人は行為を中断し、電気を消すと、俺の手を引いてベランダへと連れて行く。
少し涼しいくらいの夜風に吹かれながら、二人で黒い夜空を見上げる。
遠い夜空の向こうで、ひゅー、っと細い高めの音と共に、金の光が線を描いて空へ登ってゆく。
その金色が薄くなったかと思うと、パァン、と一気に放射線状に光が広がる。
それが合図だったのか、その光が夜空に溶けるのを待たずして、次々に、赤、黄色、緑、青と様々な花々が、暗い空を彩り始める。
「……綺麗だね」
「…ああ」
頷いて、それと同時に、ぽろっと生温かいものが頰を伝う。
「……あれ…」
ーーどうしてだろう。
こんなにも、幸せなはずなのに。
自分は何か、大事なものを忘れてしまっているような気がする。
忘れてはならない、大事なものを。
暁人の手が、肩に回される。
そのままぎゅっと抱き寄せられ、また涙が溢れ出す。
「…何も考えなくていい。君は、僕の側にいてくれるだけでいいんだ」
心が、痛い。
好きな人に抱き締められているのに、どうしてこんなにも切なくて、苦しいのだろう。
「…好きだよ、愛してる」
ーー好き、って何?
愛してる、ってどんな感情だったっけ。
分からない。
けれど自分はきっと、この人が好き。
疑っちゃいけない。
揺らいじゃいけない。
否定してしまったら、この目に映る世界が、この胸に宿った心が、壊れてしまいそうだから。
「……俺も」
月の光を浴びて、薬指に嵌められた銀の指輪が、鈍く光る。
その上に、透明な涙が零れ落ちると、それは更に輝きを増す。
闇夜の中、夜空に咲く花火と、この指輪だけが、交互に美しい光を放っていた。
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