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第1話

 午前一時。急ぎの案件を片付け、終電に飛び乗り、アパートの扉を開けた時には、すでに土曜日になっていた。 「疲れた……」  部屋着に着替える気力もなく、スーツの上着だけ脱ぎ捨てて、芳賀崇(はがたかし)はベッドに倒れこんだ。 「メシは……作りおきの肉じゃががあったか……。あ、ビールない」  仕事終わりの一杯を楽しみに今日の残業も耐えきったのだ。酒は飲みたい、が、動くのも億劫だ。これから買いに出るか、諦めるか――。 「……コンビニ行くか」  ベッドに沈んだ体をなんとか持ち上げ、財布を手に玄関の戸を開けた。 「あ」 「え?」  芳賀が玄関を出ると、ちょうど隣人がドアに鍵を差しているところだった。さらりとした少し長めの黒髪に、ノンフレームの眼鏡、ブルーのワイシャツにベージュのスラックスという出で立ち。その人物に芳賀は見覚えがあった。 「園田さん?」 「芳賀……だっけ?」 「隣だったんですね」  システム開発部の園田智晃(そのだともあき)。2年先輩で、営業部の芳賀も会議で何度か顔を合わせたことがあった。3年弱このアパートに住んでいるが、まさか隣人だとは全く知らなかった。園田はフレックス、芳賀は定時出社なので、生活リズムが微妙にずれているのだろう。 「それ……晩飯ですか?」  園田の手にはカップ麺がいくつか入ったスーパーの袋が握られていた。 「……悪いか」 「なんかそういうイメージ無かったもので」  切れ長の目で芳賀を見上げる園田は、どこか神経質な印象で、ジャンクフードなど受けつけないと思っていた。 「そんなもんばっかり食ってると体壊しますよ」 「お前には関係ないだろ」 「ありますよ。倒れられたらこちらの業務に影響が出ます」 「……でも、これしか食うもんねぇし。今まで大丈夫だったんだから問題ない」  まさか、毎日こんな食生活をしてたのか。道理でこんなに身体が細い訳だ。袋の中のカップ麺は1日で食べる量ではなく、買いだめしているようだった。鍵を開けてさっさと部屋の中に入ろうとする園田を、芳賀はつい、呼び止めていた。 「俺ん家、肉じゃがあるんで食べますか?」 「は?」  まあ、突っぱねられるだろうな。構われるの、嫌いそうだし。自分から誘ってはみたものの、不信感を滲ます園田の声音に、芳賀は直感的にそう感じた。 「肉じゃが……」  ――あれ?ちょっと釣られてる? 「持って来ましょうか?」 「……じゃあ、食べる」  どうやら、園田は好きでカップ麺を食べているわけではないらしい。 「何で弁当とか買わないんですか?」 「誰が作ってるかわからないもんは食べたくない」 「カップ麺は」 「あれは機械が作ってるからいい」  やはり、変なところで神経質なようだ。 「ところでお前は何しに出てきたんだ?」 「あ……ビール買いに行くんでした」 「ビールならあるぞ」  園田はスーパーの袋から缶ビールを取り出して見せ、にやりと口の端を上げる。 「じゃあ、肉じゃがと交換ってことで」 ××× 「お邪魔します。肉じゃが持って来ました――って、え!?」  園田の部屋に入った芳賀の目に飛び込んで来たのは、床を埋め尽くすゴミ袋の山だった。 「園田さん、これは……」 「あー、ほら、洗濯とかはちゃんとしてるから……」 「関係ないでしょ、それは」 「……帰ってきた後は疲れてて動きたくないし、朝は寝てるから、ゴミ出すタイミングなくて……」  園田はそう弁解したが、それにしてもこの有様は酷い。食事の前になんとかしなければ。 「園田さん、掃除しますよ」  芳賀は妙な使命感に燃えていた。 ××× 「――こんなもんか」  とりあえず、今日収集の燃えるゴミを集積所に出し、その他のゴミを整理してやると、なんとか広い床が戻ってきた。 「おー、綺麗になったな」 「まだまだ散らかってますよ……けど座るスペースはできたので今日のところはこれで良しとしましょう」  ちらと腕時計を見やると、すでに2時半を回っていた。 「……夜が開ける前に食べましょう」  作りおきの肉じゃがとおひたし、冷凍していた白飯で一通りの食事を用意し、缶ビールとともにテーブルの上に並べる。 「おー、なんか本格的」 「チンしただけですけどね」 「んじゃ、乾杯」  コンッと小気味良い音を立てて缶がぶつかった。 「はあー」 「いい飲みっぷりだな」 「連日の残業で疲れきってるんです」 「そりゃお疲れさん」  残業に加え、ゴミ屋敷の掃除をした体にビールが染み渡る。 「肉じゃが、うまいな。まともなメシ久々に食べたかも」 「そりゃどうも。……っていうか、人が作ったメシは嫌なんじゃないんですか?」 「どこのどいつが作ってるかわからないのが嫌なんだよ。これはお前が作ったんだろ?」 「ええ、まあ……」  顔見知りならいいってことか。弁当も惣菜も買えなければ、きっと外食もできないのだろう。生きづらそうな人だ。 「自分では作らないんですか?」 「嫌だよ、面倒くさい」 「……じゃあ、彼女でも作って飯作ってもらったらどうですか」  園田の容姿は男前というよりは、整った綺麗な顔をしている。ルックスだけ見れば、女には困らなさそうだ……が。 「そっちの方が面倒くさいだろ。女なんてタダで奉仕してくれるわけでもないし、デートしろだの、どっか連れてけだの、絶対見返り求めてくるだろう」 「……」  性格に多少ならず難がある。潔癖で面倒くさがりとは、呆れを通り越してもはや憐れみをも覚える。 「……俺、作りましょうか?」 「は?」 「なんかもう見ていられないんで。どうせ、一人分も二人分も変わりませんし、園田さんの分もこれから作っておきましょうか?」 「なにそれ……お前聖母か」 「菩薩です」  世話焼きなのは昔からの性だ。それでも、こんな面倒の見甲斐がありそうな人は初めて見た。  二人して勢いよく食事を平らげ、洗い物は俺がやるからお前はゆっくりしてろ、という園田の言葉に甘えて、芳賀は有り難く二本目のビールを開けた。 「飯作ってもらうからには、俺もなんかお返ししなきゃな」  洗い物を終えたらしい園田が、部屋に戻ってくる。 「別に構いませんよ。食材費くらいは出してもらいたいですが」 「まあ、それは出すけど。それとは別に手間賃っていうか」 「そんなの――」 「芳賀、ちょっとここに座れ」  園田はベッドの上をぽんぽんっと叩いて示す。 「はあ……」  有無を言わさぬ目に、芳賀は仕方なくベッドに座った。園田は膝立ちで芳賀の足の間に割って入ってくると、いきなり股間に顔を埋めてきた。 「ちょっ、何するんですか!?」 「何って、フェラするんだよ」 「はあ!?」  困惑する芳賀をよそに、園田は器用に歯でチャックを下ろす。 「や、やめてください」 「あ?男にされるのが萎えるっていうなら、目瞑ってろ」  園田は芳賀のネクタイを奪い取り、芳賀の目を覆うようにそれを縛りつけた。視界を奪われるや否や、芳賀の下肢に強烈な快感が走った。 「っ……!」  温かな口内に包まれるあまりの気持ちよさに、芳賀は身をぶるりと震わせた。 「なんかうぶな反応だな。彼女にしてもらったことねぇの?」 「っこんなこと、させたことありませんよ」 「あー、むしろお前の方が尽くしてそうだもんな」  言いながら、園田は小さな舌で芳賀を舐めあげていく。 「は……っ」 「芳賀ってさー、結構好みなんだよね。身体ゴツくて、男らしくて」 「アンタ……男が好きなんですか?」 「うん」  さらりと告げられた事実に驚く暇もなく、芳賀は園田の舌使いに追い詰められていく。 「園田さ……もう……」 「んー?」  園田の髪を掴み、引き剥がそうとするが、逆に園田は芳賀のものを喉奥まで咥え込んでくる。耐え難い刺激に緩く首を振ると、芳賀の目を覆うネクタイがずれ、股の間で揺れる黒髪が視界に入ってくる。  頬を染めながら、まるで美味しそうに陰茎をしゃぶる園田の姿に、芳賀の胸が大きく鼓動した。 「くっ……!」 「ん……」  芳賀の放った白濁を園田は喉を鳴らして飲み込んだ。 「ごちそうさま……芳賀」  口の端を上げペロリと唇を舐める園田の妖艶な仕草に、芳賀は息を飲んだ。

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