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第1話
「ん…」
髪を梳かれているような感覚。
幼いころ、よく母がしてくれていたように。
優しく指の間に髪を通していく。
いとおしむように、髪が掬い上げられる。
くせのない髪は手に馴染むと、かつてはよく言われていた。
四十路を過ぎても量が減ることもなく、白いモノも目立たない、性質のいい髪だと今も理容師には言われる。
「ねえ、風邪ひきますよ?」
耳元で低く囁かれる。
ふ、と耳にかかる息がくすぐったくて、身じろぎをした。
「ううううう…」
「志方センセ? ねえ、風邪ひいちゃうから、起きてくださいよ」
優しく肩をたたかれる。
それから。
持ち上げられた右手の指先が、あたたかい感触に包まれる。
にゅるんと舐められて、目が覚めた。
「わ! ……な、な、何して…」
慌ててとび起きて手を引き戻そうとするも、自分の手を持っている相手は、にこにこと凶悪な笑顔のまま、びくともしない。
見た目は、今時の若者。
伸びやかな肢体と少し色を入れて整えられた髪型。
物怖じしない態度で歳より上に見られることも多いけれど、年若い、同僚。
そして、元々は教え子。
一瞬、自分がどこにいて何をしているのかを、把握しきれなかった。
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