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第2話
職場だ。
雑居ビルの2階にある、進学塾の講師室。
自分が受け持っている授業が終わった後、ノートのチェックをして、テストの丸付けをして……いるうちに、転寝してしまったらしい。
机の上に広げられた仕事をぼんやりと眺めてから、はっとした。
授業が終わってからなんだから、時間!
慌てて壁の時計を見上げたら、そろそろ終電を気にしなくてはいけない時間になっていた。
「そんなにびっくりしなくても、いいじゃないですか」
「びっくりするでしょ、急にそんなことされたら」
「そんなことって……ああ、指をなめたこと?」
まだ、頭の中が半分寝とぼけているからだろうか。
時計からぼんやりと視線を移す。
笑顔を浮かべて再び自分の指先に口づけをする彼の顔が、10年前とほとんど変わらないように見えた。
「チョークが付いてるよ、やめなさい」
「じゃあ、左手」
「赤インクがついてるよ。どっちにしたって、人の手をいきなり口に含もうとするもんじゃないよ」
「志方センセ……俺、もう、生徒じゃないんですけど?」
「やってることは生徒の時と変わらないじゃないか」
この相手――望月くん――は、中学生だったころから自分をからかっていた。
高校入試が終わったら塾なんて来なくなるものなのに、くそまじめに通ってくるから勉強が好きなのかと思っていたら、そんなことはなく。
ホントに、来るだけだったのだ。
そして、黙って授業を受け、最後までだらだらと残って講師室にまで入り込もうとして他の講師に追い返される。
そんな繰り返しだった。
高校はそこそこ自慢できる第一志望校に合格して、無事に卒業し、親が跳び上がって喜びそうな大学に入り。
姿が見えなくなったことで、ほっとしたのもつかの間。
『どうせなら実利と実益を兼ねていた方が、効率がいいんで』
と、バイトの講師としてこの塾に戻ってきた。
しかもバイトだけにとどまらず、ここに講師として就職までしてしまうのだから、とんでもないと思う。
あの時は、『なんのために名前のある大学に入ったんだ』と、問いただしたくなったものだ。
生徒の時は、態度はともかく成績は優秀だった。
講師になった今でも、態度はともかく、成績は優秀だ。
出身大学はブランドになるだけのところだし、見た目もいい。
「生徒の時は、こんなことしなかったでしょ」
「普通、誰にもさせません」
握りしめた僕の右手に口をつけて、望月くんが笑う。
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