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第3話
「普通なんてどうでもいいです。俺がしたいだけですから」
「あー……じゃあ、右手だけでいいなら、今のところは思う存分どうぞ」
「もう、ホントに志方センセは屁理屈がうまいな。右手だけでいい訳ないじゃないですか」
いつの間に、なんていったら、僕が転寝をしていた間に違いないのだけれど、生徒も事務員も、他の講師たちも帰ってしまったらしい。
フロアから何の音もしない。
講師室に二人だけだってことに気が付いて、臍をかむ。
気を付けていたのに。
雑居ビルの二階。
パーテーションで区切られた講義室と、事務室。
それから長机が四台田の字に置かれている講師室。
自分の定位置は、講師室の一番奥。
文系資料の本棚を背にしていて、一番動かなくて済むから。
今はそれがあだになってる。
右側に望月くんに立たれていては、定位置から抜け出すことすらかなわない。
「ねえ、志方センセ?」
「……何ですか?」
とりあえず。
視線は合わせないようにしよう。
野生の動物は、目を見てはいけません、と。
何処の山に行っても、注意されることは同じ。
特に発情期には、目を合わせないように十分注意してください。
相手が、どんな動物――熊でもイノシシでもサルでもシカでも――だとしても、とにかくそこには注意しましょう。
だから多分、人間も本能に従っている時には、目を合わせない方がいい筈。
多分。
「何で、こっち見てくれないんですか?」
「え、危険そうだから?」
「なにそれ。しかも疑問形?」
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