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第1話

起きると、完璧な朝ごはんがテーブルに置いてある。パジャマのままもぐもぐと咀嚼し、ぼんやりと今日1日のことを考える。冷たい牛乳が喉元を爽やかに通り抜けていった。 リビングへ降り注ぐ真夏の日差しを浴びて、頭は完全に覚醒する。食後にぺたぺたと冷たい床の感触を楽しみながら自室へ戻った。 お気に入りのTシャツへ袖を通す。今日はこれを着ようと決めていた。何が描かれている訳でもなくシンプルな真っ白のそれは、形が気に入っている。少し大きめで、小柄な俺をそれらしく見せてくれるのだ。 俺は、夏休み初日の今日からアルバイトをすることになっていた。それもずっと願って止まなかった正晴おじさんの店でだ。正晴おじさんは俺の親代わりの人で、食堂を経営している。7歳の時に両親が事故で居なくなってから、遠縁のおじさんが俺を引き取り育ててくれた。 今の俺があるのは正晴おじさんのお陰だ。 感謝を言えばキリがない。反抗期らしいものを大して体験せず、普通よりはスムーズに成長した方だと思う。 リュックを背負い、キャップを被る。愛犬のリュカに見送られながら食堂へ向かうべく、意気揚々と出発した。 日光がキラキラと緑に反射して影を作っている部分を自転車で踏みながら進む。 出発時間は伝えてある。心配性はきっと店の前で待っているに違いない。おじさんは過保護すぎるくらい過保護だった。最初は戸惑ったけれど、もう慣れた。 実の親よりも大切に育ててもらってるんじゃないかと思うくらい、おじさんには沢山の愛をもらった。保護者だけど、大親友でもあり、無くてはならない人、それが正晴おじさんだ。 「一槻(いつき)こっちだよ」 食堂の前で、心配そうに手を振っているおじさんを見つけた。それに合わせて自転車のブレーキをかける。キキーっと音を立てて勢いよく止まった。 「遅いから事故にあってるんじゃないかと心配してた。よかったよ、無事に着いて」 「コンビニへ寄ってたから遅くなっちゃった」 ハンドルにかかるビニール袋の中身を覗いて、おじさんが怪訝そうな顔をする。 「砂糖水ばかり飲んでいたら、不健康になる。僕の一槻はこんなの飲まない。一槻は大学生になったんでしょ。いい加減身体のことを考えないと」 『僕の一槻』とことあるごとに言われ、悲しそうに、時には嬉しそうに俺へ語りかける。 「ごめんなさい」 学校で話題だったジュースを飲んでみたかったのだ。案の定、おじさんに叱られてしまう。至極単純なことで、ジュースも飲みたかったが、おじさんの気も引きたかった。『僕の一槻』と言って欲しくてやった。 俺はおじさんの気持ち全てが欲しい。何もかもを超越して一槻でいっぱいにして、溺愛されながら、おじさんが思い描く良い子でいたかった。

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