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ケーキが6つ(牧島学)
俺は、目の前に置かれたケーキの箱に、口を結んで、隣でしれっとしている広瀬を見た。
「マジで6つ持ってくんなよ」
小声で文句を言う俺に、広瀬は視線だけをこちらに向け、方眉をあげた。
箱を前に、ワイワイと賑やかに声をあげている友人たちは、俺たちの方は気にしていない。皆、ケーキの箱が置かれた机の周りを、ぐるりと取り囲むようにして、覗き込んで居る。
以前俺は、広瀬に「牧島くんは7人で、ケーキが6つだったら、自分は要らないって遠慮するでしょ」と言われたのだ。
それを思いだし、思わずそう言う。
ケーキは上品な箱に入った、小さめのキレイなケーキで、一目で「お高い」ケーキだとわかる。
「違うよ。これは、お父さんを訪ねてきた、もと部下の人が、手土産に持ってきたの。うちは3人だし、お母さんもお父さんも、糖分基本ダメだからね」
糖尿の気があるらしく、塩分糖分を気にして、普段ケーキは食べないらしい。
ケーキを囲んで、覗き込んでいるのはいつもの男ばかりのメンバーで、すなわち、俺、広瀬、アヤっち、長谷部、鈴木、澤田、篠原の7人である。
広瀬の幼馴染であり、リーダーっぽくなっている、鈴木の席に、放課後、集められたのだ。
ちなみに、どこに置いておいたのかと聞いたら、澤田と二人同好会である、清涼飲料水同好会の部屋に、冷蔵庫があるらしい。
ケーキは皆違う種類で、よく見るイチゴのショートケーキなんかは入っていない。
つまり、余計に皆の気を引くのだ。
(偶然とか言いながら、しっかり実験しようとしてるだろ)
そう思って溜め息をついた。
何故なら、先程6つしかないなら遠慮しようと、口を開いたところ、足をおもいっきり踏まれて、小声で脅しをかけられたからだ。
曰く、「数が整ったら、問題が解決しちゃうでしょ」だそうだ。
だから遠慮しようとしてんのに。
(まあ、ケーキで殴りあいには、ならないだろうけど)
そんな中、皆が興味深そうにケーキを眺める。
「俺、これが良い! チョコの!」
最初に指を指したのは澤田だ。わかる気がする。甘いもの好きそうだし、新しい店やスイーツなどの情報も、早い。俺やアヤっちは妹が居るから、その影響もあるが、澤田は男兄弟なので、本人が好きなんだろう。
そう言えば、長谷部もチョコが好きだったはずだが。
「お前な、まずヒロに選ばせろよ」
そんな澤田に注意するのは、やはり鈴木。
リーダー的立ち位置だし、兄貴肌。騒がしい四人組に、いつも注意するのは、鈴木である。持ってきた広瀬に選ばせようと言う、道理を通すのも、彼らしい。
何だかんだで、俺も一緒になって観察してしまう。
「なーなー、これ酒入ってそう? 俺酒入ってんの苦手ー」
チョコやクリームを警戒して、発言をしているのは篠原。先程の鈴木の注意は、聞いている素振りがない。ジロジロ眺めるのは良いが、クリームに指が付きそうなのが気になる。
背後から、澤田に「近けーよ!」と、叩かれている。
「澤田、甘いの好きなの? 俺の分もあげよーか?」
お前は食わねーなら遠慮しろ、と突っ込みを入れたくなるのは、長谷部だ。こいつもけっこう、甘いもの好きなハズだが。
「だから、ヒロ先だって、言ってんだろ!」
手を伸ばした澤田の頭を小突いて、鈴木が広瀬を促す。
広瀬は笑って、それからケーキを一つ取り出した。赤い色の、ハート型のケーキだ。
「お、それ行ったかー」
なんて、篠原が言うのを無視して、広瀬は俺にケーキを差し出した。
「はい」
「ん?」
反射的に受け取って、首をかしげる。
「お母さんが牧島くんと食べてねって、言ってたからね。僕はこれ」
そう言って、広瀬は先ほど澤田が指差したチョコのケーキを手に取る。
いや、広瀬チョコあんまり好きじゃないって、言って無かったか? 一番人気を取り合えず抜いとこう、という考えだろうけど。
「あー、取られたっ。んー、じゃあ……」
澤田が他のケーキを物色しはじめる。
俺は手の中のケーキに、戸惑いながら広瀬を見た。可愛らしいハートのケーキは、食べるのが少し勿体ない。
(え。貰っていいの? どうすんだこの後)
そうは思うものの、広瀬がくれたのが素直に嬉しい。
(ハートもらっちゃった)
恥ずかしくなって、顔が熱くなる。
すると、先程まで黙って様子を見ていたアヤっちが、一つのケーキを指差した。
白い四角の、ちょっとだけ他のケーキより大きめのケーキだ。
「これ、貰って良い?」
「あー、それ一番デカイ」
澤田の言葉に、アヤっちはにっこり笑う。
「うん。これ、圭介と半分にする」
アヤっちが、「いいよね?」と鈴木を振り返った。先程までまとめ役になっていた鈴木も、ホッとしたように頷く。
「なんだ……平和に纏まっちゃった」
広瀬の小さな呟きに、俺は苦笑いした。
こうして、俺達は6つのケーキを7人で平和に分けあったのだった。
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