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My cupcake!(篠原伸利)

 来るなって言葉が、来てくれって言葉と同義なのは、誰しも思うことだろう。  それは、最中に「イヤ」と言ってる言葉が、本心じゃないのと似ていると思う。  いずれにしても、カイが今日、「絶対に来るな」と言ったのは、もはや「来てくれ」と言うフリだと判断した俺の考えは、多分間違っていない。 (そもそも、言われなきゃ、カイの家に行くって事が殆どねーのよ)  俺はそう思いながら、目の前のデカイ門扉を見上げた。  建設系の会社を経営するカイの家は、地元じゃ比較的有名な家だ。  家の規模もそうだが、派手なピンクのキャデラックを乗り回すカイの母親も、またその評判を上げている。  俺は、まだ冷たさの残る空気に身を縮めながら、チャイムを鳴らした。  数秒間があって、インターフォンから声が響く。  機械を通した、籠ったような声は、どこか不機嫌そうに感じる。 『シノ……』  俺の姿をモニター越しに見ているのだろう。  俺はニッと笑って、片手をカメラに上げた。 「よっ。カイ」 『……』  遠くで「来るなって言ったのに」と、ぼやく声と、ドアが開く音がした。  玄関に入るとすぐに、鼻孔を擽る甘い香りがして、俺は一瞬、カイの瞳を見そうになって、そ知らぬフリで笑顔を作った。  こういう時、察しの良い自分が嫌になる。 (もう少し鈍い方が、上手くやれる人生もあんだろうに)  そう思っても、変えられそうにない性分に、笑ってカイに話しかけた。 「めっずらし。お前が実家帰るなんてさ」 「まあな。……先、二階行けよ。コーヒー淹れて行くから」 「ん、悪いな」  俺が何も言わないことにホッとして、カイは俺を二階促すと、キッチンの方へ消えていった。  甘い、甘い、砂糖の香り。  今日は、俺の。  そう思えば、分かってしまうわけで。  俺だって、今日だから、一緒に居たかったわけで。  俺は胸の奥でそう思いながら、カイの部屋に入るなり、顔を両手で押さえ込んで、しゃがみこんだ。 (うっは、マジーーーかよ?)  カイだぞ。  あの、カイが。 (俺の為にーーー)  頬が熱いのがわかる。  俺の為に、早起きしちゃって。  俺の為に、あまり帰ってこない実家に帰って。 (おばさんに何て言って教えてもらったんだよ)  あんまり、可愛い事しないでよ。  カイのくせに。  いや。  そういう奴だって、知ってんだけど。 (ポーカーフェイス。上手く作れただろうか)  俺が気を取り直して深呼吸をしたところで、カイが部屋に入ってきた。 「なんだ、座って待ってろよ」 「ん? ああ……」  悶えていたとは言い難く、俺は薄ら笑いを浮かべながら、部屋の中央においてあるテーブルに鞄を乗せて、椅子に上着を引っ掛ける。  そうこうしているうちに、カチャカチャと不慣れそうにお茶を運ぶカイが、トレイをテーブルに置いた。  この調子で、よくも階段で溢さなかったものだと感心してしまうが、とりあえずカップの中の紅茶は、溢れる事なくソーサーの上に乗っかっていた。 「………」  カイが、なんと言って良いかわからない顔で、トレイの上の皿の上に乗せられた、イチゴの乗っかったカップケーキに視線をやる。  バニラの香りのする生地に、バタークリームのホイップを絞って、その上にイチゴを飾った、シンプルなカップケーキ。  コンセプトは、バースデーケーキ。  俺がじぃ、とそのカップケーキを見ていると、カイが、慌てたように喋り始める。 「あ、あのな、シノ……これは、この、カップケーキは……」 「お母さんのカップケーキだ」 「 」  言いかけた言葉を飲み込んで、カイが俺を見た。  俺はカップケーキに手を伸ばし、顔に近づける。  甘い香り。  バニラと、バターと、卵の香り。  甘い、甘い、イチゴの香り。  ぱくん、と口に運んで、じっとその味を思い出すように噛み締めていた俺を、カイは黙って見ていた。 「シノ」  心配そうに俺を見るカイに、俺はニッと笑って、カイの柔らかい髪に手をやった。 「うまい」 「シノ……誕生日、おめでとう」 「ん。すげー、ビックリした。お前料理ぜんぜんなのにな」 「……失敗作をどうしようかと途方にくれてるよ」 「ふはっ、マジ? 持ってこいよ。手伝うから」 「ヤだよ」  唇を尖らせるカイの口に、ちゅ、と音を立ててキスをして、俺はカイの瞳を覗き込んだ。 「カイ」 「ん?」 「これから、毎年作ってくれるんだろ?」 「……これ、面倒なんだけど」 「でも作ってくれるんだろ?」  俺の言葉に、カイはちょっとだけ面白くなさそうに眉を寄せて、俺の唇にキスをした。 「まあな」  カイの髪からは、甘い、甘い、香りが漂ってきた。

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