10 / 10
My cupcake!(篠原伸利)
来るなって言葉が、来てくれって言葉と同義なのは、誰しも思うことだろう。
それは、最中に「イヤ」と言ってる言葉が、本心じゃないのと似ていると思う。
いずれにしても、カイが今日、「絶対に来るな」と言ったのは、もはや「来てくれ」と言うフリだと判断した俺の考えは、多分間違っていない。
(そもそも、言われなきゃ、カイの家に行くって事が殆どねーのよ)
俺はそう思いながら、目の前のデカイ門扉を見上げた。
建設系の会社を経営するカイの家は、地元じゃ比較的有名な家だ。
家の規模もそうだが、派手なピンクのキャデラックを乗り回すカイの母親も、またその評判を上げている。
俺は、まだ冷たさの残る空気に身を縮めながら、チャイムを鳴らした。
数秒間があって、インターフォンから声が響く。
機械を通した、籠ったような声は、どこか不機嫌そうに感じる。
『シノ……』
俺の姿をモニター越しに見ているのだろう。
俺はニッと笑って、片手をカメラに上げた。
「よっ。カイ」
『……』
遠くで「来るなって言ったのに」と、ぼやく声と、ドアが開く音がした。
玄関に入るとすぐに、鼻孔を擽る甘い香りがして、俺は一瞬、カイの瞳を見そうになって、そ知らぬフリで笑顔を作った。
こういう時、察しの良い自分が嫌になる。
(もう少し鈍い方が、上手くやれる人生もあんだろうに)
そう思っても、変えられそうにない性分に、笑ってカイに話しかけた。
「めっずらし。お前が実家帰るなんてさ」
「まあな。……先、二階行けよ。コーヒー淹れて行くから」
「ん、悪いな」
俺が何も言わないことにホッとして、カイは俺を二階促すと、キッチンの方へ消えていった。
甘い、甘い、砂糖の香り。
今日は、俺の。
そう思えば、分かってしまうわけで。
俺だって、今日だから、一緒に居たかったわけで。
俺は胸の奥でそう思いながら、カイの部屋に入るなり、顔を両手で押さえ込んで、しゃがみこんだ。
(うっは、マジーーーかよ?)
カイだぞ。
あの、カイが。
(俺の為にーーー)
頬が熱いのがわかる。
俺の為に、早起きしちゃって。
俺の為に、あまり帰ってこない実家に帰って。
(おばさんに何て言って教えてもらったんだよ)
あんまり、可愛い事しないでよ。
カイのくせに。
いや。
そういう奴だって、知ってんだけど。
(ポーカーフェイス。上手く作れただろうか)
俺が気を取り直して深呼吸をしたところで、カイが部屋に入ってきた。
「なんだ、座って待ってろよ」
「ん? ああ……」
悶えていたとは言い難く、俺は薄ら笑いを浮かべながら、部屋の中央においてあるテーブルに鞄を乗せて、椅子に上着を引っ掛ける。
そうこうしているうちに、カチャカチャと不慣れそうにお茶を運ぶカイが、トレイをテーブルに置いた。
この調子で、よくも階段で溢さなかったものだと感心してしまうが、とりあえずカップの中の紅茶は、溢れる事なくソーサーの上に乗っかっていた。
「………」
カイが、なんと言って良いかわからない顔で、トレイの上の皿の上に乗せられた、イチゴの乗っかったカップケーキに視線をやる。
バニラの香りのする生地に、バタークリームのホイップを絞って、その上にイチゴを飾った、シンプルなカップケーキ。
コンセプトは、バースデーケーキ。
俺がじぃ、とそのカップケーキを見ていると、カイが、慌てたように喋り始める。
「あ、あのな、シノ……これは、この、カップケーキは……」
「お母さんのカップケーキだ」
「 」
言いかけた言葉を飲み込んで、カイが俺を見た。
俺はカップケーキに手を伸ばし、顔に近づける。
甘い香り。
バニラと、バターと、卵の香り。
甘い、甘い、イチゴの香り。
ぱくん、と口に運んで、じっとその味を思い出すように噛み締めていた俺を、カイは黙って見ていた。
「シノ」
心配そうに俺を見るカイに、俺はニッと笑って、カイの柔らかい髪に手をやった。
「うまい」
「シノ……誕生日、おめでとう」
「ん。すげー、ビックリした。お前料理ぜんぜんなのにな」
「……失敗作をどうしようかと途方にくれてるよ」
「ふはっ、マジ? 持ってこいよ。手伝うから」
「ヤだよ」
唇を尖らせるカイの口に、ちゅ、と音を立ててキスをして、俺はカイの瞳を覗き込んだ。
「カイ」
「ん?」
「これから、毎年作ってくれるんだろ?」
「……これ、面倒なんだけど」
「でも作ってくれるんだろ?」
俺の言葉に、カイはちょっとだけ面白くなさそうに眉を寄せて、俺の唇にキスをした。
「まあな」
カイの髪からは、甘い、甘い、香りが漂ってきた。
ともだちにシェアしよう!