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ごめんね学くん(長谷部悠一)
注釈するならば、広瀬和己は俺と同じクラスで、加えて言うならば、出席番号が前後だったから、入学したばかりの時は前後の席だった。
俺のエンジェルである澤田斉二の友人であるところの広瀬と、何とかお近づきになりたいと思っていた俺は、何度か話しかけたのだが、ことごとく興味なさそうに一瞥され、無視されて終わるという、なんとも酷いフラれかたをしたのだ。
広瀬たちの四人グループと、俺たち幼馴染三人が、なんとなくつるむようになってからも、広瀬とまともに会話したのは数えるぐらいしかないだろう。
「ちょっと良い」
だから、広瀬がいきなり話しかけてきたとき、正直面食らった。
(……「良い?」じゃなくて「良い」って、こっちの都合聞く気ないよなあ)
まあ、良いけれど。
俺は読んでいたライトノベルを閉じて、笑顔で広瀬に答えた。
「ああ、良いよ。ここで大丈夫?」
場所を変えたほうが良い話なのか、そう聞いたが、広瀬は無言で外へ出た。
何か言ってよ。
(ついて来いってことね)
広瀬の後を追って歩き出す。
広瀬は背が低いから、俺の歩幅より小さいはずだが、せかせかしている様子はないのに追いつくのがやっとなくらいだった。
(およそ74センチ。軍人かっての)
筋肉もなさそうなのに、どういう体幹をしているのか、体重移動の仕方がおかしい。足音がしない。
(不気味なやつ)
素直な感想を口に出さずに胸中に漏らして、俺はこの薄気味悪い少年の恋人である幼馴染を思った。
牧島学。普通すぎるぐらい、普通の少年。普通だからこそ、この普通からズレてしまった少年と、うまくいっているんだろうか。少しだけ、幼馴染が心配である。
(ま、学くんに何かあったら、さすがに俺もアヤも動くけど―――)
広瀬が、社会科準備室の扉を開けた。鍵が壊れているというその部屋に呼び出されることには、多少の抵抗がある。以前学くんも閉じ込められた。開け方にコツがあるらしく、俺も何度か試したが、いまだに開けられたことが無い。
俺は少々緊張しながら、広瀬の後にくっついていった。
部屋に入って扉が閉まると、広瀬がおもむろに口を開いた。
「長谷部、ロープってどこで買えるかな」
広瀬の言葉に、一瞬頭の中にぽん、と答えが浮かんだが、同時に嫌な予感が頭の中を巡って、俺は眉を潜めた。
「ん?」
「圭介に聞いても良かったんだけど、圭介のやつ、色々つっこんで聞いて来るからね」
「――――」
想像通りの話なのか? と、広瀬を見た。広瀬の方は淡々と、表情も変えずに話を続ける。
「で、どこで売ってるのかと、どのくらいで足りるのか知りたくて」
「――――いや、広瀬。……何に、使うかに、よるだろ……」
俺の言葉に、広瀬が肩眉をあげた。まるで、白々しいとでも言いたげだ。
俺は冷汗が出るのを感じた。
なんとなく。想像はついてる。
前に、祭りで広瀬と学くんに会った時、隠していたけど手錠で繋がれてるのには気が付いていた。学くんはしょっちゅう、身体中痣だらけにしてるし、なんというか、結構、アレなプレイを強要されてんのかなー、ぐらいの感覚は前からあって。
でも、さすがにそう言うことを口出すのは、友人としても、人としてもよろしくないだろうと、学くんがよっぽど嫌がって、顔を曇らせてるなら止めようものだけど、そうじゃないなら、それもまあ、一つの愛の形なんだろうと、放っておいたのだ。
だが、今回矛先は俺に向いているわけで。俺の采配で、学くんの身に何が起こるかが決まるって言うのは、色々勘弁願いたいものがある。
(俺としては、平和に愛し合ってほしいんですけども―――助けて、澤田……)
心の中でマイエンジェルに助けを求めて、俺はどうやって切り抜けようかと必死で頭を回転させる。
「何に使うかって、まあ、縛ってみようかなって」
「あのねえ! そんなの、事故ったら危ないんだよ!? 何考えてんの!」
広瀬が軽く言う言葉に、思わず突っ込んでしまう。
(あ、墓穴)
皆まで言っていない言葉に、思わず言った自分を呪う。しかし、俺が何も言わなければ、他の人間を頼りそうだ。広瀬が他に頼るとしたら――――篠原、か。
(アレは、アレで、ダメだな……)
心の中の危険人物リストに名前の上がっている少年を思い出し、天を仰ぐ。
澤田は知らないだろうが、彼の親友にして幼馴染の篠原も、十分に危ない奴だ。何人か、空き教室に連れ込んでいるところを見たことがあるし、他校の生徒にも手を出してる。というか、老若男女、節操なし。そう言う意味では、広瀬の方がマシな気がする。
やってる事は危ないが、広瀬の意識は学くんにしか向いていない。
「ああ、そういうの、教えてほしいんだよね。まあ、やる前には自分で試すんだけど」
「へ」
意外な言葉に、思わず広瀬を見た。広瀬は「何?」と、首を傾げる。
自分で試すって、そんな事してんのか。学くんが危なくないように? 痛くないように?
――――意外すぎる。
自分が思っていたよりも、広瀬は真人間なのかもしれない。心のリストを修正しておこう。
「Sの鑑だなあ」
思わずつぶやいた言葉に、広瀬は肩を竦めた。
「ああ、でも俺なんかにアドバイスなんかできないし、やっぱ、万が一考えるとね」
「サワの中学時代の写真要らない?」
「ホームセンターに売ってるわ」
反射的にそう言ってしまい、俺は思わず口を手で覆った。
だ、だって、澤田は中学の頃に色々あったせいか、アルバムを見せてくれないのだ。中学の頃の澤田と言えば、黒髪だし、小さいし、可愛い。
いや、今も可愛いんだけど。
「小学校の頃のも探せばあると思うんだよね」
「学くんの体重考えると吊るのは無理だかんね。長さは結構必要だけど、部位毎に何本か使って縛った方が良いと思うよ」
「なるほどね」
「あー……。ただ、縛っただけじゃ痛いと思うよ。処理の方法が」
「面倒だね」
「……ゆでると良いらしいとか」
「僕は火は使えないよ」
「………」
って、何話してんだ、俺。
「いや、ちょっと待って、今のナシ」
「ナシにして良いの? 情報はもらったけど」
「ですよねー……」
何で俺、こんな目に合ってんだろう。
「考え直さない?」
俺の言葉に、広瀬は肩を竦めた。
「サワを縛ってみたいとは思わない?」
「いや、それは」
「思うんだ」
「……コラージュなら」
そりゃあ、エロい妄想ぐらい、するけど。SMものだって見るし、なんというか、キャンディエンジェルは触手系の敵も出てくる。そりゃあ、妄想ぐらいしますとも。
でも、澤田に痛い思い、させたくないじゃない。
痛い思いさせて、「長谷部のばかっ! きらいっ!」とか言われたら、俺立ち直れませんけど。
「まあ、実を言うとしっかり拘束して、逃げられなければロープじゃなくてもいいんだけどね」
「は?」
「使ってない道具があるから」
「……ごめん、もう勘弁して」
「そう? じゃあ、今日の放課後」
「ん?」
「ロープ買いに行くから」
強制連行決定。
俺は笑顔のまま固まった。
どうやら決定事項らしい話に、めまいがしてくる。
「写真は、後で持ってくるから」
「……はい」
ごめんね学くん。広瀬の事、止められそうにない。
その後、ロープを無事(?)購入した広瀬に、「これは要る?」と渡された澤田の腹チラ寝顔ショットに、俺は思わずロープの処理を引き受けてしまった。
ほんっとうに。
ごめんね、学くん。
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