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お鍋をたべよう(長谷部悠一)

「鍋?」  澤田の言葉に、俺は思わず聞き返した。  さすがに暑い日は数えるほどになったとはいえ、まだまだ鍋をするような陽気ではない。 「そう。鍋ー。なーべ、なーべ!」 「いや、鍋って……」  鍋コールをする澤田は異様に可愛かったが、賛同しにくい内容だけに、俺は苦笑いする。  すると、澤田がずい、と俺の顔を覗きこんだ。  大きいツリ目がちの目で見上げられ、思わずドキリとした。 (可愛い……)  いちいちそんな事を思わなくても、と思うが、可愛いものは可愛い。  俺はこの、くるくる表情を変える可愛い恋人が、凄く、好きなのだ。  ―――エッチなところも、まあ、好きだ。 「あのさー」 「ん?」  澤田が、少しだけ唇を尖らせた。  ちょっとだけ言いにくそうに、それから、ちょっとだけ目をそらして。 「俺ね、鍋食ってないの」 「ん?」 「中学から、ずっと」  その言葉に、俺は(あ)と思い当った。  中学時代にあった親友―――実際には、片思いの相手だ。に、拒絶されて以来、澤田は潔癖症だ。  本人は軽い潔癖と言っているが、十分に潔癖である。  他人を汚いと思うのではなく、自分を汚いと思っている澤田は、他の人に触れる時、凄く気を使う。不用意に触れない。スキンシップ過多に見えて、実は慎重に触っている。  無造作に触れる篠原には、だいぶ気を許しているようだが―――これは俺は面白くはない。  基本的に、他人に触れられると怖いようだ。  俺に対しては、最初から気にしていないようだったが、多分哀しいことだが、気を使われるほど意識されていなかったのだろう。  最初の頃は「メガネ」意外に呼ばれていた記憶がない。  触れてからは――――快楽に、溺れていたようだ。  澤田は、快楽に弱い。  他人との接触も、自慰行為も、嫌悪して最低限しかしていなかったせいもあるだろうが、そもそもエロいんだよな。  そっちへの興味はホントに、興味津々で、高一のくせにエロゲーやら、エロ本やら、やたら持ってるし。家に行って、本棚がそればっかりで逆に笑った。  と、話がそれた。 「鍋、ね」  自分から言い出すという事は、多分大丈夫だという自信が付いたのだろう。 「ん! で、皆で鍋パしよーよー」  首を傾げてそう聞く、可愛いおねだりに、俺は思わずぎゅうー、と澤田を抱きしめた。 「う、わっ! おい! 長谷部っ」 「んー、可愛い」 「聞けバカっ! ばかべ!」 「どんどん増えるな、俺のあだ名」  仕方がないので身体を離して、代わりにちゅう、と頬にキスをした。 「ま、皆に打診してみよ。場所は俺の家使えば良いし、学くんとアヤが料理できるっしょ」 「やったー! ん? 俺もできるけど?」 「え? うそ」 「お前俺の得意料理知らねーの!」 「いや、じゃあ、作ってよ……」  料理なんてしたことなさそうなので意外だったが、そう言えば食への関心も高いんだよな。量もすごい食べるし。  うーん、リサーチ不足だった。 「じゃ、それは今度なー」 「んー、楽しみ」  その後聞いたら、得意料理はチャーハンだそうだ。  カルボナーラとか言われたら吹き出すところだった。許容範囲で良かった。 「お邪魔しまーす」  行儀よく挨拶して、アヤが上がりこむ。それに続いて、荷物を持って鈴木と篠原が入ってくる。学くんは飲み物を買ってきてくれたのか、重そうな袋を両手に抱えていた。  その後に、無関心そうな表情の広瀬が続く。手ぶらなのがらしい。 「土鍋あんの?」 「出しといた」  学くんに確認され、そう答える。もっとも、三人家族で使っている鍋が、澤田がいる状態で足りるか分からない。 「締めをうどんかごはんかラーメンかで揉めてさぁ……」  苦笑いするアヤに、俺も苦笑いする。 「結局どうなったの?」 「じゃんけんで、うどん」 「お、ラッキー、俺うどんの気分だった」  うどんが勝利したらしいことに喜んでいるところに、澤田が奥から顔を出した。  先に来て掃除をしてくれていたのだ。おかげでピッカピカである。 「おー、肉きたー!」 「肉かよ」  メンバーの来訪を「肉」と答える澤田に、鈴木が突っ込みを入れる。  覗けば肉も結構買ってきてくれたようで、その量に下ごしらえが大変だな、と苦笑いした。 「僕らは何すればいいわけ」  そう言う広瀬に、学くんが「うーん」とうなる。はっきり言って、広瀬に頼みたいことは何もない。 「闇鍋だっけ?」  続けてそう言う広瀬に不穏なものを感じたのか、篠原が広瀬の腕を引いた。 「いや、鍋の支度は任せちゃって、俺らは長谷部の部屋探検しようぜっ!」 「ああ、それいいね」 「いやいやいや」  急に話をそっちに持っていかれ、慌てて後を追う。  笑うアヤと学くんと澤田にその場をまかせ、二人を追いかけた。  鈴木はどうやら、食卓について下ごしらえを見ているつもりらしい。  もう亭主だな。  野生の勘なのか、俺の部屋を一発で引き当てて、篠原が部屋の扉を開ける。  別にやましいものはないが、なんとなくこの二人は危険だ。 「よーし、家探ししよう」 「なんかホラー小説とか映画ない?」  勝手に部屋を物色する二人に、ぜえぜえと息を切らしながら追いついて、すでに本棚を漁っている二人を見た。  そんな事なら、最初から自分でホラー小説でも持ってきてもらいたい。 「あ、暇なら、リビングでなんかDVDでもかける?」  そう言った俺に、篠原が「エロ? エロ?」と聞いてくる。  んなわけあるか。 「いや、普通に」 「ん、普通はいいや。面白くねーし!」 「……」  あっさりと却下してくれる篠原に、思わず目が据わる。  本当に、厄介。 「あ、なーなー、これ見ていい?」  そう言いながら、篠原がファイルを取り出して拡げた。許可を得る前に開くんじゃないよ。そう言いたいが、聞く相手じゃない。  まあ、本当に見せたくないやつは鍵かかってる場所に入ってるんだけどさ。 「写真?」  広瀬が、篠原が開いたファイルをのぞき込んだ。 (ああ、そういや、興味ありそうなものもあるか)  そう思い、アルバムを説明してやる。 「これな、小学生の学くんだわ」 「ぶっ! ま、き、し、ま、変わんねー!!」 「長谷部は牧島くんと小学校から一緒なの?」 「いや、保育園。あったかなー。これかな」  そう言ってページをめくると、保育園でお昼寝中を撮られた写真が出てくる。この頃なぜか学くんは羊柄の服ばっかり着てた記憶がある。  写真も例に漏れず羊柄のパジャマで寝ていた。 「うひゃひゃ。かっわいいじゃん、なあ。ヒロ」 「――――別に」 「いや、そこは可愛いって言ってあげてよ」  本気でそうでもなさそうな広瀬に、思わずこっちが突っ込んでしまう。 「思ってない事言えないよ。僕は牧島くんを可愛いと思ったことはないからね」 「ヒデーな。オイ」  篠原の突っ込みに、俺も同意する。  俺なんか、澤田が可愛くて仕方がないけどなあ。  鈴木も多分、そうだと思う。  ああ、あとで中学時代のアヤの写真みせてやろ。  ひとしきり同情しつつ、何でこの二人付き合ってんだろ、と疑問に思ったところで、広瀬がポン、と口にした。 「牧島くんはかっこいいからね」 「――――」 「……」  思わず俺も篠原も押し黙る。  まさかの惚気に、ツッコみも入れられなかった。  アルバムをめくる篠原の手が、最近のページになって止まった。  澤田が写っている。  その写真をじっとみて、少しだけ寂しそうな表情をする篠原に、胸が痛んだが、俺は何も言わなかった。  篠原はポツリと、「お前写真うまいな」とだけつぶやいた。  その後は勝手に本を読んだりカメラをイタズラしたりと、好き勝手していた二人だったが、程なく良い香りがしてくると、部屋から出てリビングに向かう。  俺もその後を、散らかった部屋を横目に、ため息をつきながら追う。  リビングに行くと、部屋中に良い匂いが漂っていた。  俺を見つけて、すぐに澤田が飛んでくる。用意していたのか、赤いエプロンが可愛いので、思わず抱っこしたくなったが、さすがにやめておいた。  このメンバーに冷やかされるのは嫌だ。 「長谷部、もうすぐできるから座ってよっ」 「ん? 澤田も手伝ってるんだよな?」 「うん。だけどそんなに人数いらねーし。大根おろし擦った」  そこに、鍋を持ってアヤがやってくる。重そうな鍋に、「どいてー」と声をかけながら慎重に運び、コンロの上に乗せた。 「この季節だから、さっぱり目に大根おろしたっぷりの鍋にしたよ」 「お、うまそうっ」  蓋を開けるとぎっしり入った具材がぐつぐつと煮え、大根おろしが雪のように乗っかっていた。 「ウーロンいる人~?」  学くんの声に皆手を上げる。澤田だけが「俺はコーラ!」と叫んでいた。  さっそくフライングで一口食べたらしい篠原が、「うっまーい!」と叫んだ。  その様子に、アヤが笑う。 「マジ美味い! 北川、嫁にこいっ!」 「アホ。俺の嫁だ」  とっさに篠原をテーブルの下で蹴りながら言う鈴木に、アヤが真っ赤になって咳き込む。 「ちょっとヤメテ。みんなしてなんなの。独り身なのよ、俺」  惚気にしか聞こえない発言に、篠原が渋い顔をする。  俺は苦笑いしながら、恐る恐る箸を伸ばす澤田を見た。  他のメンバーもそれに気づいたのか、その様子を見た。  澤田は箸を伸ばして取り皿にとり、それからふう、と深呼吸して、ぱくっと鳥の肉団子を放り込んだ。 「――――――」  一瞬停止。  それから。 「あつっ! あっつ!!!!!!」  水、水! と叫ぶ澤田にウーロン茶を手渡すと、一気に飲み干す。  涙目になって舌を出す姿に、笑いながら口に指を当てて確認してやると、どうも火傷したらしい。 「あーあ、慌てすぎ」 「でも美味しいっ!!」  その言葉に、皆ほっとして吹き出した。 「たくさんあるし、焦るなよ」 「ほら、こっち取ってやるから」  アヤと学くんが、声をかける。 「ふーふーしてやろうか?」  にやにやしながら言う篠原に、広瀬が「じゃあ僕のして」と茶碗を渡した。  急に優しくなる皆に、澤田が目を丸くする。 「もー。大丈夫だっての! 遠慮してたら、俺ぜーんぶ、食っちゃうかんな!」 「あ、それヤバい」 「早く食おう」  澤田の食欲を思い浮かべ、慌ててみんな箸を伸ばす。  アヤが、俺の空になったグラスにウーロン茶を注いだ。 「良かった、美味しいって」 「ありがとうな。大変だっただろ」 「いや、長谷部のが大変そうだったよ」  そう言われ、さっきの惨状を思い出して苦笑いする。  隣では澤田が、具材に一生懸命ふうふう、と息をかけて冷ましている。  その様子が可愛くて、思わず俺はその唇にキスをした。  それを見た鈴木が―――咳き込む。  アヤが、真っ赤になって、やはり咳き込む。  学くんは苦笑いして。  広瀬は気にせず鍋に手を伸ばして。 「だ・か・ら! そう言うの、ヤメロっつってんだよっ!!」  篠原の声に、俺は苦笑いして謝った。  澤田をあきらめてもらった、その件があるだけに、申し訳ない。  願わくは。  来年の冬には、8人で鍋パーティーが、できますように。

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