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十五夜(アヤト→牧島→サワ→シノ)

● アヤト ●  不意に来た電話に、俺はどきりとして電話を受けた。  いつまで経っても慣れない、緊張の一瞬。 「もしもし」 『もしもし』  耳をくすぐる声に、ぞくぞく、としながらも、平静を保ちながら返事する。 「どうしたの? 圭介」 『外見ろよ』  そう言われ、俺は座っていた椅子から立ち上がって窓に近づいた。  カーテンを開けて窓を開く。幾分涼しくなった風が頬を撫でて、俺は一瞬目を閉じた。  空を見上げて、思わず声を上げる。 「うわ」 『今日十五夜だとさ』 「ああ、そっかあ」  まん丸の綺麗な月に、思わず感嘆のため息を漏らす。 『同じ景色、見てる』 「うん……」  俺は圭介の声に、ちょっとだけ会いたくなった。 『―――来年、一緒に見られるといいな』 「うんっ。……今度は、傍で、ね?」  俺の声に、圭介は「当たり前だ」と返事をした。 ● 牧島 ● 「ススキ、取ってきたよ」  ススキの束を和枝さんに渡して、家に上がる広瀬の後に続く。 「すみません、俺までお邪魔しちゃって」  恐縮する俺に、和枝さんはススキを花瓶に生けながら笑う。 「良いのよぅ。いつも、お団子たくさん作っても余っちゃって。今年は牧島くんが来てくれてよかったわあ」  見れば小さなテーブルの上には、綺麗に飾られた月見団子や、ブドウやナシ、サトイモが飾られていた。 「お月見はね、まあるいものを飾るのよ。昔は収穫したものを飾ったんですけどね」 「そうなんですか」 「最近の子は、やらないだろう」  興味深そうに眺める俺に、広瀬の父親も頬を緩ませながら説明してくれる。どうやらすでに飲んでいるらしく、お銚子がテーブルに乗っていた。 「月、出るかな。結構曇ってたけど」 「そうねえ。ダメだったら、十三夜もきれいなのよ」 「十三夜?」  首を傾げる俺と広瀬に、和枝さんは呆れた様な顔をした。 「あら、やだ和己。毎年やってるでしょ」 「覚えてない」  まったくこの子は、と言いながら、和枝さんが教えてくれた。 「旧暦の九月十五日の月の事ですよ。この日も月が綺麗と言われているの。昔から、片方の月だけを見るのは片見月といって縁起が悪いと言われてるんですから」 「そうなんだ」  初めて知ったらしい広瀬に、思わず笑ってしまうと、広瀬が足を踏んできた。 「いっ……」  呻く俺に気が付かないのか、父親が笑いながら話しかけてきた。 「牧島くんも、来月も見に来ないといけないな」 「えっ、は、はい」  思わず返事をする俺に、広瀬がボソッとつぶやいた。 「なんかもう、嫁に来たみたいだよね」  その言葉に赤面して、俺は仕返しとばかりに広瀬の足を踏みつけた。 ● サワ ●  長谷部のマンションで、そわそわしながら部屋中をうろうろする俺に、長谷部が苦笑いした。 「そんなに期待しなくっても」 「いーや! 期待するっ! だって俺食ったことねーもん!」  俺の声に長谷部は声を出して笑う。 「花より団子……いや、月より団子か」 「団子も食うけどっ!」  そう言って、テーブルの上の団子を指さした。  部屋にはすでに、近所の和菓子やで買ってきた月見団子と、ここに来る途中摘んできたススキが飾ってある。あとは、長谷部の両親が帰ってくるのを待つばかりだ。 「俺、十五夜に月餅食べるの知らなかった」 「そうかもな、この辺は。親父は出身が神奈川だからさ」 「そうなのかー。で、チュウシュウ月餅ってどんなの?」 「中秋月餅、な。蛋黄って、アヒルの卵の塩漬けが入ってるんだよ。切るとさ、夜空に満月がぽっかり浮かんでるみたいに綺麗で。アヒルの卵って聞くとちょっとびっくりするだろうけど、美味いよ」 「美味いものなら、なんでも試してみるって!」  そう言って笑う俺に、長谷部も笑う。  ちょうどそこに、玄関が開く音が聞こえた。 「ただいまー! いらっしゃい、澤田くん」 「お邪魔してますっ! おじさん、月餅は?」  俺の声に、俺さんがニッと笑いながら月餅の入った袋を掲げた。 「早速月餅かよ」 「良いのっ!」  呆れる長谷部に、俺がそう言うと、長谷部の両親は声を出して笑った。  月より団子。色気より食い気。  だけどやっぱり、一緒に食べるのが、一番おいしいだろ? ● シノ ●  ぼんやりした色の月を見上げながら、俺はため息をついた。 「なんで、お前と一緒かね」 「良いだろ。フラれた者同士」  隣に立つのはグレーのブレザーを着た優男。  幼馴染みの一之瀬戒。  何で寮生のお前がここに居るんだと聞いたら、土日に帰ったときに、忘れ物をしたらしかった。  で、たまたまばったり会ってしまった。 「はっきりしねー月だ」  俺の声に、カイは同じく月を見上げてつぶやいた。 「Want the moon」 「あぁ?」  思わずカイの方を見る。  カイは思ったよりも真剣な顔つきで、月を見上げていた。  真面目そうな瞳。癖のある髪。つい目が行く、泣きボクロ。 (何言ってんだ、『月が欲しい』―――?)  怪訝な顔をしていたら、思っていたことを見透かされたようで、カイがフッと口元で笑った。 「無い物ねだりだよ」  その言葉に、思わず口を結んだ。 「蹴って良い?」 「嫌だよ」  蹴り損ねた足で地面を蹴って、俺はもう一度空を見上げた。  月は平等に、光り輝く。  

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