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第1話

放課後。 知らず知らず早くなる、足。 特別棟、三階。 突き当たり、化学準備室。 「よしちゃん先生、いる?」 「……よしちゃん、禁止」   振り向いて、人差し指で眼鏡を押し上げたよしちゃん――古瀬宜史(よしふみ)先生は苦笑いしてる。 「いいじゃん、別に」 「……はぁーっ。 修司くんがよしちゃんとか呼ぶから、ほかの生徒も真似して困ってんの」   、よしちゃん先生の口からでた言葉にむっとした。 ……よしちゃん呼んでいいのは、俺だけだっつーの。 「おなか空いてるでしょ? 今日もお菓子、あるよ」 「……食う」 「じゃあ、コーヒー淹れようかねー」   適当な椅子に座って、コーヒーを淹れ始めたよしちゃん先生の背中をぼーっと見てた。 そこそこの身長の俺より、ちょっとだけ高い背。 きれいに切りそろえられた黒髪。 黒縁のハーフリムの眼鏡に、その奥の涼やかな目。 夏だというのにきっちり締められたネクタイに、清潔な白衣。 見た目の割にごつくてでかい手に、黒革ベルトの腕時計。 ……これで、女にもてないはずがなくて。 「今日のはこれ、ね」   俺の目の前に置かれたのはコーヒーと……きれいにラッピングされたカップケーキ。 「というかさ。 いい加減、断れば?」 「断っちゃうと修司くんのおやつ、なくなっちゃうよ?」   いたずらっぽく笑うよしちゃん先生に、心の中でため息。 ……それ、を平気な顔で俺の前に置くことが、問題なんだよ。   俺が、授業終わりからバイトまでの時間潰しに科学準備室に通っている理由。 ……ここにくればなにかしらのおやつが貰え、遅い晩飯までのつなぎになるからっていうのが一つ。 もう一つはよしちゃん先生がいるから。

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