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1の1 はじまり
まともに覚えている最初の記憶は3歳の誕生日。
1年に一度ケーキをもらえる日だったから覚えていた。
同じ部屋にいた僕より少し年上の子がしばらく起きてきていなくて、ケーキをくれた社長が被っていた毛布ごと抱えて出ていって。
その日から昼と夜の2回ご飯を作るお兄さんが通ってくるようになった。起きてこなかった子は、栄養失調で死んでいたのだそうだ。
僕たちは生まれた時からお店の商品だった。お店の商品のお腹から生まれて、お店に出せる大きさになるまで育てられて、お店で死ぬまで働く。生きたオモチャ。
だから、死んでしまったらそこまで育てた経費が無駄になるから、必要最低限とはいえちゃんと生かされる。ご飯係ができたのもそういう理由。死体の始末がめんどくさいんだろ、ってご飯係のお兄さんは吐き捨てた。
3LDKの家にまとめて放り込まれて暮らしている僕たちは、普通のご飯が食べられるようになってから表のお店に出せる18歳までの合わせて15人。
他にも同じような家がいくつかあるらしいけど、それを把握している人は教えてくれないので僕たちには分からない。
そんな生まれ育ちだから、両親の顔も知らないし文字も読めない。言葉は生活に必要な単語しか覚える術がなく、計算も単純な足し算引き算ができる程度。
自分をバカだから学校もまともに出てないというご飯係のお兄さんはそれでも学校という存在を知ってるだけ物知りだと思う。
僕がお店に出るようになったのは5歳の誕生日。
はじめての誕生日プレゼントは僕史上最高額がついたバックバージンの競りの売り上げで買い与えられたピアスで、さすがにそんな年からピアスを付けている子はいなかったからなのか、僕の名前はピアスになった。
ちなみに命名権も競りの対象で、名付け親には永続3割引権が付随した。
僕たちは人知れず生まれて人知れず育てられて法の光の届かない場所で生きる商品だから、当然戸籍もない。生まれてから店に出されるまでは名前もない。
家畜に個体識別は不要だ、だそうだ。そのわりには誕生日を把握していてケーキを与えてくれるのは、どうにも不思議なのだけど。
幼稚園児ほどの年齢は希少価値が高くて、その分時間単価も割高になる。
歳を経るごとに単価は下がるけど、需要はそれ以上に増えていくから稼ぎも大きくなった方が良いらしい。ピークは15歳。その後は一般市民の援助交際なんかも商売敵になるから稼げる額も目減りしていく。
18歳を過ぎたら容姿によって表のお店に出されるかアングラのまま嗜虐趣味相手のお店に流される。まぁ、前者でも歳をとれば行き着く先は結局同じだ。流された先は1年生き延びれば奇跡なのだそうだ。
正直、そこまで長生きはしたくない。手足がもがれたら痛そうだから。でも、だからといって今から自殺するかというと、そんな元気もないから日々淡々と生きるだけだ。
そんな僕も13歳になった。外を出歩かないから無駄な筋肉もなく、余計な食べ物もないから太りもせず。抱き心地の良いふっくら加減なのだそうだ。よくわからないけれど。
8歳になったくらいから僕たちの住み処はご飯係が来なくなった。ご飯係のお兄さんが急病で来れなくなった時に見よう見まねで僕が冷蔵庫に少し残っていた食材でご飯を作ったら、料理人要らないじゃないかということになったらしい。
毎日僕たちがお店に出ている間に誰かが食材を補充していて、僕があるものを駆使して食べられるものを作る。そのうちに同居の仲間たちも料理を覚えて当番制になった。
最近お店で一番の売れっ子になった僕は、1日終わったら疲れきって起き上がれなくなっていた。
ご飯はお店を管理しているお兄さんが持ってきてくれるから、食べるのには困らないけど。みんなちゃんと食べてるのか、少しは気になる。
そういえば服もしばらく着てないや。
夢も見ないで眠って起きたら身体がカピカピしてて、与えられている仕事部屋の大きなお風呂に入る。大きな全面鏡の壁が正面からお風呂とその入り口に立つ貧弱な僕を写し出す。これも毎日見ているものだ。
まだ縦にも横にも伸びない身体はぽっこりお腹の幼児体型で、それでも年齢相応に色っぽい顔をするから人気があるんだと社長は言う。成長するな、って。生きてるからには無茶な話だと思う。
最後のお客さんが溜めた浴槽のお湯はすっかり冷めて冷たいけれど、お客さんがいない部屋ではガスも切られてしまうからシャワーだって水でしか浴びられない。新しい水は冷たいから浴槽に溜まっている方を洗面器ですくって身体にかける。水のシャワーよりはましだ。
身綺麗にするようにと石鹸は好きに使わせてくれるから全身をキチンと洗う。そうしてから、浴槽の掃除をするために中に入った。お風呂掃除もベッドメイクも僕たち商品の仕事の内で、入浴と掃除は僕にとってはセットだ。むしろ入浴だって身体掃除としか思ってない。
ジャグジーのために床がボコボコしている丸い浴槽に入って浴槽の向こうにある隠し扉を開ける。ここに掃除用具がしまってあるから。
僕には少し遠いから浴槽の縁に身を乗り出して背伸びしてようやく中のものに手が届く。
のだけど。
そんな不安定な姿勢でいたちょうどその時、地面が揺れた。滑ってバシャンと大きな音を立てて浴槽に落っこちた。
ドスンドスンと突き上げるような揺れに、地震だと気付く。しかもすごく大きい。部屋中がミシミシ音を立てる。
それにしても長いな、とぼんやり思った時だった。
ペキペキペキ、バリン
擬音化するならそんな音。
壁に一面貼られた鏡に大きなヒビが入ったのに、僕はとっさに尻餅をついていた浴槽に頭から潜った。降ってくるガラスから逃げられるとは思えないけど、他にとっさに逃げられる道はなくて。
あんまり慌てたせいで浴槽の壁に頭をぶつけて。僕の意識はそこで途切れた。
鏡から逃げられたとしても、溺死は免れない状況。別に未練はないけれど、せめて服を着ている時に死にたかったな。
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