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その後 なつまつり

 トントコトントコトントコトントコ  朝から遠くで聞こえる太鼓の音に促されて、僕はゆっくり目を覚ます。  今日は郷ではじめての夏祭り。  昨日の夜遅くまで準備に追われていたムラサが今日はゆっくり起きれば良いと言ってくれていたから、ムラサと一緒に目を覚ました後で二度寝した。  今日の朝食は昨日仕込んでおいたおやきもどきですでに蒸かしてあるから、起きたら焼くだけ。  朝食の後は神楽舞の衣装に着替えなくては。 「ムラサ~! ご飯~!」  夏祭りの会場になる作りかけの神社は神子である僕の家の隣で、声を張り上げればそこにいるはずのムラサに聞こえる距離だ。  うちで一番の大皿に山盛りに積んだおやきは、会場の設営や太鼓の練習に集まった郷のみんなに配るため。自分の分で2つほど確保して、家に戻ってきたムラサに大皿を隣まで持っていってもらう。  火の始末をしながらおやきを食べていたら隣から野太い歓声が上がった。喜んでもらえて何よりだ。  朝御飯を済ませたら、僕が皇帝陛下からいただいた神子の正装を抱えて家を出る。  向かうのはムラサの実家。神子の正装は刺繍がたくさん入っていてスゴく豪華なんだけれど、何枚も重ね着しなくちゃいけない上に帯も固くて一人では着られない。それで、お義母さんとお義姉さんに着付けてもらう約束をしていたんだ。  本家は代々族長を継承する家だけに屋敷も郷で一番の大きさを誇る。その広い庭では、郷中の女たちが総出で宴会料理の仕度をしていた。  その庭に面した屋敷内は、暇をもて余した郷中の子供たちが集められていて大暴れしている。  怪我さえしなければ良い、とばかりに今日はどこのお母さんも子供たちを咎めない。お祭りの日くらい羽目をはずしても多目に見るよ、ってさ。  着付けには奥にある若夫婦のお部屋をお借りできた。乳飲み子が寝ている部屋で着付けてもらうっていうのもなんだか気後れしてしまうのだけど、家の女性たちは僕を男扱いしてくれないので全く気にしていないようだ。  女性二人がかりでぎゅうぎゅうと帯を結んでくれて、絞められている間は苦しかったけど手を離したら少し緩んで楽になった。夜までもってくれると良いな。  着付けが済んだら少し時間が余ったから、着物を汚さないようにたすき掛けしてエプロンを借りて、庭の作業をお手伝いする。  僕がお手伝いに加わったら子供たちもお母さんたちの仕事に興味を持ったように集まってきて、頼りないけど働き手が増えた。  子供たちを動かすには神子様にお手本を見せてもらうのが一番だ、と女たちが笑っていた。  そうしているうちに、次期族長のユカサが僕を呼びに来て、子供たちを引き連れて神社へ移動。  大小2台の御神輿が広場の真ん中に鎮座していて、郷の衆が僕を待っていた。  ちなみに、大きい方が大人の御神輿、小さい方は子供たちが担ぐ御神輿だ。  僕が真ん中に進み出るのに合わせて集まった人たちが道を空けて、御神輿とその前に作られたお供え物を並べた台を囲んで円ができる。  僕が台の前に進み出るのとムラサが近寄って来るのがほぼ同時。 「今日この良き日に国を救いし神々をお迎えし祭りを執り行えることを嬉しく思う。神々より無礼講のご許可をいただいておる。今日は一日楽しんでくれ」  物凄く簡単な族長挨拶は、神々を祭る余裕の出来たニンゲンたちにこそ喜んでくれた神様たちからの希望だ。  堅苦しくすることはない。ニンゲンが主役だ。大いに楽しめ。  夏祭りの企画を聞いた神様たちから、はっきりと告げられていた。  族長挨拶の後は、神々をお迎えする神子舞の出番。そうしてこの場に降りてくださった神々を御神輿に乗せて、郷中を練り歩く。  両端に鈴を付けた長い羽衣を纏い、僕はその場で踊り出す。お供え物の台と人々が囲む広い空間が舞の舞台だ。  最初は無伴奏で、笛が入り、太鼓が加わり、テンポが上がって手拍子も入って、気持ちも空気も盛り上がる。  ふと気づけば、人々の輪の中に神様たちが紛れ込んで一緒になって手を叩いていた。  自由だなぁ、神様たち。  躓いたり振り付けを忘れたりしながらも何とか最後まで踊りきって、拍手喝采の中神様たちにお辞儀をひとつ。 「雨月さま、風月さま」  呼び掛ければ、二人からくしゃっと頭を撫でられた。 『疲れたであろう』 『良い舞であったぞ』 『さすが我らの愛し子よ』 『左様、左様』  神様たちに誉められるとことのほか嬉しくて、照れてエヘヘと笑ってしまう。  その間に隣に来たムラサに肩を抱かれた。 「神々よ。神輿が大小ある故お好きな方をお選びください」 『何故大きさが違うのだ?』 「子供たちにも御神輿担いでもらおうと思って。大きな御神輿は子供には重たいでしょう?」 『子供の相手ならば雨のの役目よの』 『風のは大人の力で振り回されるが良いわ』  仲の良い神様たちの会話は時々喧嘩腰でハラハラしてしまう。ちゃんと割り振りできてるから問題はないけれど。  御神輿の周りは郷の衆が集まって準備万端。  神様たちに御神輿に乗ってもらっていざ出発。僕は神様たちのお話相手としてしばらく付き添って、宴会準備に残ったムラサの手伝いのために神社に戻った。  御神輿に揺られて神様たち二人ともとても楽しそうだったんだ。  族長一族のお屋敷から女性衆が料理を運んできて、僕とムラサで料理を並べる台とかお箸とか皿とかお酒とかの準備に走り回った。男手二人だけだったから大忙しで。  そうしているうちに、出ていったのと反対の方向からワッセワッセと掛け声が近付いてきて。大人の御神輿が一足先に帰ってきた。  大人の御神輿に乗ってたのは風月さまだったはずなのに、帰ってきたのは雨月さまで。途中で交代したようだ。 「雨月さま、お帰りなさい」  声をかけたら、ふわっと浮いて僕のそばに降りた雨月さま。そのまま抱き締められた。 『この郷は良き郷よな』  抱き締めてしみじみ言われると、何かあったのかなって心配になる。  遠くで子供たちの高い音域の掛け声が聞こえていた。 『ニンゲンが住まうにはずいぶんと厳しい環境であろうに、気持ちの温かい郷だ。ここに山風を預けて良かった』 「……初めて来た時からみんな優しいよ?」 『ふ。はじめに預けた国主どもが酷かったからな、雨のはずっと心配していたのさ』  いつの間にか帰ってきた風月さまが雨月さまをからかうように付け加えてそう言う。言われた雨月さまはぷいっとそっぽを向いてしまった。  右と左にそれぞれ神さまがいるから首を右へ左へ振っていたら、ムラサが僕たちのそばまでやって来て告げた。 「神座へどうぞ。郷の衆が精を籠めた御供え物を用意しています」 「そば団子は僕が作ったの」 『ほうほう、そうか。それは楽しみよな』  ムラサが先導で僕が両手で左右に手を繋いで、一段高く用意した神様の台座に案内する。二人が真ん中においでと呼ぶし、ムラサからも許可が出たから、そこには僕も並んだ。  そうしている間にも、老若男女合わせた郷の衆全員が集まって輪を作る。  神々と神子の斜め前に進み出て、ムラサは手に用意した盃を掲げる。 「神々のご厚意により今夜は無礼講だ! 皆の衆! 大いに楽しもう!! 乾杯!」 「「「乾杯!!!」」」  一斉に掲げられた盃が、ピッタリ揃って圧巻であった。  昼前に始まった宴は夜が更けるまで歌い舞い笑い合う声が絶えることなく。  翌日の日が昇る頃、はしゃぎ疲れて眠る神子を抱き寄せ微笑み合う二人の神の姿が、常人にも見えていたとか。

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