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第45話

 「よし、出来た。」  沖縄から帰ってきて数日。溜まった仕事をこなしてる蓮が、何か作ったらしい。コピー機から、ハガキが出てきた。  「何作ったの?」  「ほれ、コレ。良い写真も有ったしね。ケンにハガキ出す。メールでも良いんだけど、奴には凛の事諦めて貰わないとな。」  出来上がったハガキには、笑顔のツーショットに、結婚しました。の文字。  「なんか、小っ恥ずかしいんだけど。」  ペンで手書きのメッセージも書いてる。英語だから、読めない。  「なんて、書いた?」  「ん?凛は渡さないから諦めろって書いた。まぁこれで友人関係が終わってもそれはそれで構わない。」  決心は固いみたいだ。俺みたいに揺れてたら、ケンも次に進めないだろう。この案件は蓮に任せる事にした。  数週間経って、ハガキの事も忘れて日常を送っていた。変化もあった。華が、大学の近くで独り暮らしを始めた。旅立ちか。まぁ近いし、健太もいるから安心出来る。蓮との2人暮らしも、思ったほど息苦しさもなく、昼間はそれぞれ、やる事やってる。時間が合えば、映画や買い物に一緒に行くくらいだ。  そして、彼は突然やって来た。  「はい?どちら様?」  〔僕だ。ケンだよ。〕  「れ、蓮!ケンが来てる!」  「は?何でだよ。なんも連絡無かったぞ。」  「知らないよ。下に来てる。家に入れる?」  「ん~、いや、俺達が降りよう。話なら外でも出来る。多分、例のハガキじゃねーかな。」  あぁ、そうだ。ハガキ出したな。外の方が、人目も有るし冷静になれるかも。  2人でロビーに降りて、ケンに会いに行く。  「何?家にも入れてくれないの?」  「話、あるんだろう?外で充分だ。」  蓮が珍しく塩対応で、ケンを突き離す。俺は黙ってついて行く。  「そこに公園がある。話ならそこで良い。突然来たんだ、何か言いたい事があるんだろ?」  無言のまま、3人で公園へ。平日の昼間、広い公園に人影もあまり無い。  「で?突然来て何の用だ?」  「・・・ハガキ見たよ。結婚?・・・は?僕は認めないね。僕は凛を愛してる。受け入れてくれた。蓮、お前と立場は変わらない筈だ。」  「別にお前に認めてもらいたくて、ハガキ出したんじゃねーよ。もう、諦めろって意味だ。書いただろ?」  睨み合いながら、話す。口を挟めない。  「受け入れた?はぁ?ふざけんな。お前に同情しただけだ。凛は俺を選んだんだ。」  「凛は、蓮に依存してるだけ。愛情じゃ無い。」  俺が態度をハッキリして来なかった所為で、ケンの気持ちが拗れてしまっている。  「ケン、悪いと思ってる。俺がちゃんとハッキリしない態度だったから。」  やっと会話に入る。要は俺が尻軽な行動を取ってしまったからケンはまだ希望を持ってしまったんだ。  「俺が居ない時に、凛に手を出しておいて何が依存だ。お前はレイプしたんだぞ!」  蓮は許してなかった。我慢してたんだ。蓮から怒りが溢れている。  「レイプじゃない。同意の上で受け入れてくれたんだ。」  違う、あの時はまだケンがディウォーカーと知らず、抵抗したら怪我じゃ済まなかったから仕方なかったのに!  「・・・ど、同意なんかしてない。怪我させたくなかったからだ。」  絞り出す弱い声で訴えた。  「何を今更。凛だって喜んでたじゃないか!」  違う、違う。喜んでなんかない。顔を覆い、もう居た堪れなくて辛い。  「凛、俺も悪い。コイツの恋恋慕に同情して、カミーノで関わったりしたから。凛は悪くない。」  「凛、僕もディウォーカーだよ?一緒にずっと歩んでいける。蓮よりも強いし守ってみせる。」  恐らく監禁されてた事を言っている。  「五月蝿い!お前に何がわかる?何も知らない癖に、何が守るだ。ふざけんな!」  「1年も、見付けられずに助けられ無かった蓮には凛を守る力は無い。」  違う、違うんだケン。  「・・・探してくれてた。俺が全て諦めて気配を消したんだ。」  「じゃぁ、何故助けられた後独り旅なんてしてた?蓮の元に帰れば良かったじゃないか。出来なかったのは蓮の元に居場所が無かったからだろう?」  「・・汚れた自分の居場所なんて無いと思ってたんだ。だから、蓮が待つって言ってくれて、気持ちの整理をする為に旅に出たんだ。」  「とにかく、僕は諦めない。凛は渡さない。何が結婚だ。指輪したくらいで諦めると思うなよ蓮。」  「凛の隣にお前の場所なんてねーよ。レイプ犯が!」  蓮がネックレスに触れ武器を出した。待って、待ってよ。  「蓮、落ち着いて!武器納めて!ケンは敵じゃない!」  「いや、もう敵だ。何もかも自分に都合良く解釈して反省もしない!」  ケンもまた武器を出して構えてる。  「止めて!話し合いだろ!頼むから、お願いだからっ!」  「何を話し合う?ケンはお前を俺から奪うつもりで今日来てんだぞ!」  「そうだ。迎えに来たんだ凛。夫婦ごっこなんか止めて僕の所に来るんだ。」  俺は蓮を選んだんだ。頼むから武器を納めてくれ。  「ケン、ごめん。本気なのは分かってる。けど俺が選んだパートナーは、蓮だ。ケンじゃない。」  やっと本音を言えた。  「嘘だ。凛は勘違いしてるだけだ。蓮にいいように抱かれてそれを愛情と勘違いしてる。」  違う。ケン、違うのに。蓮との月日はそんな軽々しいものじゃない。  「もうやめろ!凛は俺を選んだ。これが事実だ。お前じゃない。凛を追い込むな。」  「五月蝿い!蓮が居る限り、僕の所に来ないなら今ここで蓮を倒してでも、連れて行く!」  「駄目だ!ケン!蓮を倒しても、俺はケンの所には行かない!」  ハッキリしなきゃ駄目だ。斬り合う前に!ガブリエルはケンはディウォーカーの2人分の力があると言った。戦わせたら、蓮が負けるかも知れない。  「頼むから、2人とも武器を引いて!俺が原因で傷つき合うの見たくない!」  俺の制止なんて2人には届かなかった。  ケンは大太刀で蓮に斬りかかる。蓮はそれより小さい劔で対抗してる。明らかに力の差が出て蓮が押されている。  パンッと劔を弾かれ、蓮は丸腰になった。ここぞとばかり、ケンは振りかぶり斬りかかる。  俺は走った。出来る事は蓮を守る事位。大事な俺の一部の蓮を守る事。  ケンの大太刀が空を斬り、肉を断った。長い髪が切れ、散らばる。背中が熱い。  蓮は?蓮は大丈夫?蓮に体当たりして今は蓮の腕の中に居る。  「・・・蓮。大丈夫?」  「凛!凛ッ!なんで庇った!おいっ!凛、しっかりしろ!」  痛みはあまり無い。背中が熱く感じるだけ。ただ意識が薄れていく。  「り、凛!凛・・・」  後ろに目を向けると呆然と立ち尽くすケン。大太刀に血痕が付いてる。あぁ、俺が斬られたのか。まぁいい、蓮が無事なら。それで良いんだ。蓮の腕の中は俺の居場所。暖かい。  「・・・痛く無いよ、蓮。大丈夫。やっぱ蓮の此処は俺の場所・・・」  俺の意識はそこまでだった。暖かい腕の中で目を閉じた。  「テメェ、絶対許さねぇ!よくも凛を斬りやがったな!」  「ち、違う。凛を斬るつもりなんかじゃ・・」  「うるせぇっ!言い訳なぞ聞く耳もたねぇ!」  俺は凛を上衣の上に寝かせ、劔を手にする。凛は多分、死にはしない。回復力を持ってる。だけど傷が深いから暫くはあのままだろう。だが、許さない。凛を傷付けた。例え事故でもだ。力では負けるかも知れない。負けたら死ぬかも知れない。凛が目覚めた時、俺は側に居てやれるか分からない。だけどコイツだけは、もう許さない。  「凛、凛!」  必死に呼びかけてるが、凛は深い眠りに落ちてる。応える訳が無い。お前が斬ったんだ!  劔を構え、ケンと決着をつけなければ終わらない。  その時、ケンの背後に人影が現れた。  ガブリエル!  「お前は神の御心でディウォーカーになった訳では無いと説明した筈だ。」  ケンも背後に振り返り、愕然としている。  「仲間に刃を向けたら報いがあると御言葉を伝えたのに、お前は欲望を叶える為に神が愛する者を傷付けた。お前は報いを受けなければならない。」  もう1人、現れた。何者か分からない。  「お前は報いを受ける。」  新しく現れたガブリエルの仲間らしい人物がケンに近づく。ケンは何かに怯える様に後退り、震えている。  その人物は、ケンに手を伸ばし顔に触れた。  「い、嫌だ!し、死にたく無い!」  ケンはそう叫び、スッと白くなり灰と化した。  「蓮、凛を連れて家に帰りなさい。凛も間もなく目を覚ますだろう。この男の最期を伝えるといい。」  そう言い残すと2人は消えた。  跡には、サラサラと風に吹かれ、消えていくケンの痕跡。こんな事になる前は親友で数少ない長い付き合いの男だった。俺の手からはいつの間にか武器は消え、グラウンドに横たわる凛だけ。  そっと抱き上げ、家に帰る。顔面蒼白だが死んではいない。良かった。  うつ伏せに寝かせ、傷を見る。出血は止まり、ゆっくりだが傷口も塞がりつつある。最近はずっとディウォーカーの姿だから助かったのかも知れない。血で汚れた跡を拭き、そっと寝室を出た。  ベランダに出て久々に煙草を吸う。今日、俺は友人だった男を失い、凛も結果的に傷つけた。もっと他に方法は無かったのか?今更だが。  寝室に戻ると、顔色は戻り普通に眠っている様だ。ケンの最期を知らせなければならない。あぁ、華にもか。華もケンを慕っていた。寝ている凛の左手には指輪が光っている。美しい手だ。優しく頬に触れる。瞼が動き目を覚ました。  「・・ん、蓮。あれ?家?ケンは?」  意識を失った俺は事の顚末を知らない。蓮は言いづらそうに全てを語った。俺を好きになってしまったばかりに死んだケンを想い、泣いてしまった。  「俺にも非があるのに。・・・俺が殺した様なもんだ。」  力無く言葉を吐く。  「ケンは、御心でディウォーカーになったんじゃ無いらしい。味方に刃を向けたら最初から消されるみたいだった。凛の所為じゃないよ。」  「いや、今までケンの好意に甘えてたのは確かだ。 本気で、俺を愛してたんだ。だからあそこまで、追い詰められたんだ。」  動けるようになったから、公園に向かう。彼の痕跡を見たかった。  そこは僅かに白く灰が残り、哀しみの感情が強く残っていた。そっと白い痕跡に触れる。  (俺を愛してくれてありがとう。君を選ばなかった俺を許してくれ。)  暫くそこにうずくまり、彼との思い出を回想する。楽しかった2人で歩いたカミーノ、君は紳士だったね。3人の時は、少し道に逸れた事やったけどいつも優しかった。出逢わなければ、幸せだったかも知れない。君の人生を狂わした俺を君は許してくれるだろうか。  フワッと風が吹き、僅かな痕跡も風に撒かれて消えた。その時確かに聞こえたんだ。  (凛、愛してるよ。)  ケンの声。涙が止まらなかった。  そっと俺に寄り添い、泣き止むまで蓮が抱きしめてくれた。俺の願いは、彼の魂が迷わず、先に逝った家族の元に行ける事しか無かった。  「俺、許して貰えるかな?俺の為に魂も体も失ったケンに。許して貰えるかな?」  大丈夫。奴は悪い奴じゃないよ。凛をただ独り占めしたかったんだ。凛の事、恨んでなんか無いよ。  蓮が言ってくれた。長い付き合いだった蓮も友人を失ったんだ。今は一緒に彼の為に祈る事しか出来なかった。

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