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運命とは
『皐月 。運命とは何だと思う?』
今でも覚えている。何にも、誰にも執着したことのなかった男の問いかけを。
夏の暑さにやられて、最初は頭がおかしくなったんじゃと思った。自分以外誰も信用していなかった男の口から発せられた言葉とは思えなかった。しかし、その場にいたのは俺とあいつだけ。
豪勢な椅子に座りながら、あいつは笑っていた。それはもう幸せそうに。他人が見れば、別におかしなところはないんだろう。ただ、幸せそうに笑っているイケメンな男だ。
でも、俺にはあいつの笑顔が怖くて仕方がなかった。小学校から一緒だったが、こんな風に笑ったことなんて1度もない。
幸せそうに見える笑顔の奥に潜む、果てしなく深い闇。怖いと思わない訳がないだろう。でも、それと同時に憐れみの想いも生まれた。
あの、ドロリとした甘い瞳の光に囚われてしまったのだから。
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最近、あいつの機嫌がすこぶるいい。仕事もサボらないし、生き生きとしている。生き生きとしている理由は分かっているんだが、この変わり様は少し呆れる。
鼻歌を歌いながら、姿見で自分の浴衣姿を見ている。何回かポーズを取り、満足したんだろう。頬を叩いて気合いをいれていた。
「実。気合いいれるのいいけど、遅れるぞ。壱弥くん、待ってるんじゃないのか?」
「んー。今日はちょっと待たせるの。俺を待つ壱弥くんの姿、すっごく可愛いんだよ!」
幸せそうに笑う実の姿を見ると、俺も自然と幸せな気分になる。これもまた、全部壱弥くんのお陰だ。壱弥くんがいなければ、きっとこいつはこんな風に笑うことはなかった。
実が初めて本気になった相手。先週あった花火大会で、実と壱弥くんは運命の出会いを果たす。
恋人の浮気現場を目撃した壱弥くんと、たまたま暇潰しで花火大会の会場にいた実が出会う。実が壱弥くんの慰めるうちに恋が芽生え、2人は結ばれた。
これぞ、幸せになるための運命的な出会い!
そんなこと、あるわけがない。これは、1年前から実によって作りあげられた“運命”なのだから。
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『暑いのに、よくあんなに騒げるよな』
今から約1年前。取引先の会社からの帰りのこと。ちょうど何かの祭りをやっていたらしい。大きな神輿を担いで、楽しそうに笑っている人達を見かけた。
神輿を担いでいる人達を見ての、実の言葉である。暑さが苦手な実にとって、こうして夏を満喫している人達が信じられないのだろう。実の夏は、冷房の効いた部屋で快適に過ごす。毎年同じなのだ。
俺も、夏はそこまで好きではないから神輿とかも興味はなかった。だから、早く冷房の効いた会社に帰ろうと実の方を向く。実は、俺以上に興味がないと思っていた。
『――――――実』
名前を呼んでも、実は俺の方を向くことはなかった。ジッと誰かを見つめている。神輿を担いでいる誰かを。
神輿が、実の視界から完全に消えるまでジッと見つめていた。
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「そんなこと言って、待たせ過ぎて壱弥くんがお前のことを嫌いになったらどうするんだよ」
「えー。壱弥くんが、俺のこと嫌いになるわけないでしょ」
自信満々に実は言う。壱弥くんは、絶対に自分のことを嫌いになるわけがないと。それはそうだろう。実がもう、壱弥くんを“運命”と言う名の鎖でがんじがらめにしているのだから。
1年もかけて作り上げた“運命”を、実が簡単に壊すわけがない。
「それも、そうだな」
「でしょ!」
「それよりも、土産を忘れるなよ。必ず、出店の綿菓子を買ってこい。そしてすぐに持ってこいよ」
「えー。次の日とかは?」
「ダメだ。綿菓子は、寿命が短いんだ。すぐに持ってこい。どうせお前は、祭りになんて興味がないんだろうが」
「まぁね!初デートで、俺が選んだ浴衣を着た壱弥くんが見られるなんて幸せだよ」
『俺、実さんのくしゃって笑った時の笑顔が好きなんですよ。子供っぽくて、それで可愛くて。俺よりも年上なのに、ね』
壱弥くんが好きと言うくしゃりとした笑顔。確かに、子供っぽくて可愛い。本当に幸せで、嬉しいんだろう。壱弥くんだからこそ、この笑顔を見れるのだ。
「分かったから。ほら、早く壱弥くんの所に行ってやれ」
「分かった!」
「実。綿菓子の袋は、フラワーレンジャーのやつでよろしく」
実が慌てたようにして社長室を出る前、ギリギリで綿菓子の袋の希望を出す。最近あいつがハマっているアニメだ。喜んでくれるだろうか。
「っと。こいつ、毎回いいタイミングで電話かけてくるよな」
綿菓子が来るまで、残っている仕事を片付けようとした時だ。ポケットに入れておいたスマホが鳴る。この着信の音は、あいつ専用のやつだ。
自分でも顔が緩むのが分かる。
一応画面で電話の相手を確認する。やっぱり、あいつだった。いつものように出るボタンを押して、スマホを耳に当てる。
すぐに、もしもしというあいつの声が聞こえた。
「もしもし。ん?そう。実の奴、今日が壱弥くんとの初デート。どっかの祭りに行くって、浴衣着てた」
「そうそう!幸せそうだったよ。姿見を見ながら、何回もポーズとるぐらいな。まぁ、いろいろとありがとうな。お前のお陰で、実が幸せになれた。壱弥くんがいたお陰でもあるけど、影の功労者はお前だな」
「…………ん。大丈夫。お前が、ちゃんと俺を好きだって知ってるから。うん。うん。分かってる。つーか、お前は大丈夫か?俺以外の男にあんなにくっついて」
「ありがと。実はさ、もう家族みたいなもんだから。幸せになってくれて良かったよ。うん。ほんと、壱弥くんが実を選んでくれて良かった」
じゃないと、壱弥くんにはもう自由なんてものは存在しなかった。
『見て、皐月!今日の壱弥くん、可愛いよね。早くカメラ目線の写真が欲しいけど、今は我慢だよね』
『皐月。壱弥くんと恋人の仲を引き裂くなら、何がいいかな。やっぱり、可愛い子を派遣するとか?そういえば、皐月の恋人は可愛かったよね』
『ねぇ、皐月。知ってた?壱弥くんの涙ってものすごい甘いんだ』
「実が、お前を使って壱弥くん達の仲を引き裂こうとした時はちょっと怖かったけどな。でも、実が幸せそうだから壱弥くんの元恋人のこととかどうでもいい」
「――――――そう。俺は、実が幸せだったら何でもいいんだよ」
だから、壱弥くんは一生知らなくていい。和真とか言う元恋人と別れる理由を作ったのが、実りだと言うことを。
1年間ずっと、実は壱弥くんだけを見てきた。会社にある隠し部屋の壁や天井に、壱弥くんの隠し撮りの写真を貼るぐらい。
『いちやくんは、おれのうんめいなんだよ』
ねぇ、実。実があの時、俺に聞いてきた言葉。
―皐月。運命とは何だと思う?―
お前のために、お前が幸せになるために運命を作り上げるのを手伝ったけど。
それでもまだ、俺には“運命”とは何か、分からないんだ。
でも、実なら何て答えるかな。
『実くんならきっと、“壱弥くんが俺の運命なら、皐月の運命は正宗だよ”って言うと思うな』
「――――――そうだな、正宗」
END
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