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後日
「俺さ、もうお前のことを信じられない。だから別れよう、和真 」
目の前で、キレイな動作でコーヒーを飲もうとしていた恋人の動きが止まった。別れを切り出されるなんて思ってもいなかったんだろう。何せ俺は、和真を誰よりも愛していたのだ。それを和真は知っている。
浮気をしても、俺には絶対にバレないと思っているんだろう。たぶん、浮気がバレたことも和真は気づいちゃいない。
「………急にどうした、壱弥 。信じられないから別れるって、俺何かした?」
「自覚なしかよ」
自分用に頼んでおいたオレンジジュースを一口飲む。よく和真と2人で来るカフェのオレンジジュースは、どうも酸っぱくて俺は苦手だったけど。でも、今の俺の気持ちにはこの酸っぱさが似合っていた。
一口オレンジジュースを飲んで、和真と向き合う。和真はまだ気づいていないらしい。3年目の記念日、花火大会の日のことを。
どうして。
俺を見つめてくる和真の瞳が、そう言っている見たいで。腹の底から笑いたくなった。
「壱弥。俺は、お前と別れたくない。何かしたんだったら、謝る。だから、」
「俺は適当に謝ってほしくない。それに、謝られたところでもう無理なんだよ。和真」
「いちやっ」
和真が涙を瞳に浮かべながら、ギュッと俺の手首を握ってきた。本気で別れたくないらしい。手首を握ってくる和真の力は、異常なぐらい強い。
振り払おうと何度か腕を動かしてみたがびくともしない。
「かず、まっ。離してッ」
「嫌だ!お前が別れないって言うまで、俺は絶対に離さない」
「かずまっ!」
チラホラとカフェにいる客が俺達の方を向く。店員は、オロオロとしながら声をかけるタイミングをうかがっているようだった。
あんまり大事にはしたくなかった。というより、和真がここまで駄々をこねるとは思ってもいなかった。
花火大会のあの日、和真は可愛い男を連れていた。付き合って3年目の記念日なのに。俺よりも、可愛い男を取ったんだ。
もう俺のことは好きじゃない。だから、簡単に別れられると思っていたのに。
「なぁ、いちや。俺は別れたくない。好きなんだ、壱弥のことが。愛してるんだよ。いちや、いちや。わかれたくないんだ」
和真が、大粒の涙を溢しながら別れたくないと懇願してきた。普段、絶対泣くことなんてない和真がだ。こんなに泣いている姿なんて、初めて見た。
嫌いなはずの俺の手に泣きながらすがり付いて。ほんの少し、まだ和真を想う気持ちが痛んだ。
こんな風に、和真を泣かせたい訳じゃなかった。
「泣くなよ、和真」
「…………壱弥が、別れないって言ったら泣き止む」
「それは無理。無理なんだよ、和真」
涙を溢す和真の瞳が、驚いたように大きく見開かれた。あれだ。俺が泣き始めたからだろう。
和真のように大粒ではないけど、止めどなく溢れてくる。
「いちや、」
和真が、俺の瞳から溢れる涙を拭おうとした。でも、そんな和真の手を誰かが握った。
「別れを切り出された君に、彼の涙を拭う資格はないよ」
「―――――――ぁっ」
あの男が、和真の手を握っていた。あの日、俺を慰めてくれた男。何もせず、ただぬくもりを分け与えてくれた男。
「もう。また君は泣いてるね。あの日もそうだった」
男はこっちの方を向くと、和真の手を離して俺の瞳から溢れる涙を拭った。あの日と変わらない。その事に胸が締め付けられて、さっき以上に涙が溢れた。
「あぁ。こんなにキレイな涙をいっぱい流すなんて、もったいない」
そう言うと、和真や周りに人がいることなんて気にしてないように俺の目尻に唇を寄せた。唇を寄せて、涙をペロリと舐めとる。それがくすぐったくて、笑ってしまう。
「うん。やっぱり君には、笑顔の方がよく似合うよ」
そう言って、くしゃりとした笑顔を俺に見せてくれた。
**********
「何で、俺の居場所が分かったんですか?」
「勘!と言いたいところだけど、君が忘れられなくてね。人脈を使って探しだしたよ」
「人脈?」
「そう。これでも俺、会社を経営してるからね。人探しが得意な人とか知ってるんだよ」
俺の手を引きながら、男は話す。あんなに慰めてくれたのに、黙って消えた俺を探してくれた。もう会えないとさえ思っていたのに。
「まぁ、今日のはたまたまなんだけどね。あのカフェで、何度か君を見たことがあったから。もしかしたらいるかもって思って」
「そうなんですか」
「そう。そしたら君がいた」
運命、そう思ったよ。
男がそう言うから、俺もこの再会を運命と思うことにした。
「………彼のことは、本当にもういいの?」
男の言う彼は、たぶん和真のことを指している。カフェを男と出る前、ちらりと席から動こうとしない和真を見た。
ちっぽけだった和真。付き合っていた時は、誰よりも大きく見えて頼もしそうだったのに。
でも、もういいのだ。俺は和真を信じられなくなった。信じられなくなった時点で、俺の中に和真への想いがたくさんあったとしても終わりなのだ。
「――――――もう、いいんです」
「だったら、俺との恋を新しく始める気はない?」
「え?」
男が俺の方をくるりと向いたと思ったら、スッと跪いた。
「久藤実 。会社を経営してるお茶目な34歳。君に一目惚れした男なんだけど、どうかな」
跪いてそう言うと、握っている俺の手の甲にそっとキスをしてくる。
周りの人なんて気にしないで、こんな俺に想いを伝えてくれる。
「志場壱弥 。社会人の23歳。平凡な俺でよかったら、よろしくお願いします」
そう言った俺を、実さんは嬉しそうに抱き締めてくれた。
「もうこれで、壱弥は俺のものだよ」
トロリと甘い声で言った実さんの言葉に、俺は操られるようにして頷いていた。
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