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秘密基地
「行ってきます!」
玄関を飛び出しチャリに飛び乗ると、かあちゃんの声が追いかけてきた。
「暗くなる前に帰って来るんだよ!」
「分かってる!」
言いながらペダルこぎ出してたから、母ちゃんに聞こえたか分かんねえ。
けど、少しでも早く行きたい!
リュックには母ちゃんが作ってくれた卵焼きとおにぎり2個、それに麦茶も入ってるし、一日中遊べるんだって分かってるけど、ペダル漕ぐ足は高速回転なって、商店街はすぐに抜けた。
家の並ぶ地域はすぐに終わり、後はひたすら畑と森と山が続いて、その合間に、ぽつんぽつんと家が見える。
この町はカソだ。
面積は広いけど、子供の数はとっても少なくて、小学校は1年生から6年生まで、全部合わせて20人。そしてオレ、照井ススムは3年生。
夏休みになって1週間くらい経つけど、一日全部遊べるのは久しぶりだった。
農家は夏休みなんて無いし、むしろ大人たちは忙しい。だからススムたち子供も、うちの手伝いとか、農作業で留守になる家の子守とか、色々あるのだ。
そういうの嫌いじゃないけど、ススムはずっとジリジリしてた。
だからペダル漕ぐ足はめちゃ高速になって、麦わら帽子が背中に落ちた。首のひもに風で重くなったけど構わない。もっと早く、もっともっと!
しばらく国道走って脇道に入る。木に囲まれた道は少しだけ陰あるけど、やっぱ暑い。ほとんどお日様がギンギン照ってるし、セミとかうるさいくらいだし、今日も暑くなるからって母ちゃんがうるさいから帽子かぶってきたけど、ホントは関係ないんだ。
だって秘密基地には屋根があるから。
森がちょっと切れてるトコにチャリで走り込むと、すぐに道は無くなる。乗り捨てて森ン中進むと、緑のネットが見えてくる。だいぶ古くてボロいネットフェンスに沿って歩いてくと破れてるトコがある。大人は無理だけど、子供なら入れるくらいの穴。
ソコくぐってもやっぱり森だけど、すぐ緑の波々な壁が見えてくる。壁には窓がいくつかあるが、どれも高くて届かない。けど裏まで回ると低い窓が2つだけあった。
ひとつは縦長なトイレの窓、もうひとつは横長の台所の窓だ。
少し離れたトコにあるデッカイ木のうろに隠してある踏み台を取り出し、台所の窓の下へ置く。目一杯背伸びしてガラガラ窓を開き、そっから中に入った。
ひんやりした埃っぽい空気に包まれ、全身から吹き出していた汗がスウッと引いてく感じ。ススムの目はきらきらと輝いた。
薄暗くて、学校の体育館より、もっともっと広い空間。あちこちに古い機械や工具や木材なんかが散らばってて、なんか作ったりとか、好きなだけできる。
ここがススムの秘密基地。誰も知らない、ススムだけの場所。
ずうっと前からある古い倉庫で、通りに面した門にはガッチリ鍵がかかってる。
奥にデッカイ建物があるのは、緑の波々な壁が少し見えるから分かるんだけど、門の向こうはすっかり森みたいになってて、よく分からなかった。
ココを通るたんびに、『中はどうなってるのかなあ』なんてずっと思ってたススムは、今年の春、裏側に回ってみてフェンスの破れ目を見つけた。
台所の窓から入れたのは、ここを見つけて5回目。家から持って来た木っ端や部品を、森の中で組み立てて踏み台作ったり、鍵壊したり、けっこう大変だったけど楽しかった。
そして初めて入れた時。
ススムは嬉しくてたまんなくって、思わず大声で笑ったら、声が響いてビックリして、ビックリした自分が面白くてまた笑った。
それから中に転がってる色々を見つけて、ワクワクが止まらなくなった。
色々作ったり壊れてるのを直したりするのが大好きなススムにとって、ココは宝の山だったのだ。
ススムんちは町でひとつの自動車工場、『照井自動車』だ。
車の修理や車検も見るし、農機とかも直すんだけど、他も色々やってる何でも屋さん。
雪囲いが壊れたとか、窓やドアの立て付けが悪いとか、なんかあったら町のみんなは照井自動車に電話してくる。そんで父ちゃんとおじさんの二人が飛んでくんだけど、水道や電気も、空調とかも直せるし、TVや電気の配線もやるんだ。ときどき手伝いについていくススムは、めっちゃカッコイイなあとドキドキしてる。
父ちゃんもおじさんも、もちろん車の修理が一番得意だけど、おじさんは車とコンピューターが大好きで町で一番詳しいし、父ちゃんは簡単な納屋くらい建てちゃえるんだよ。
ススムも大きくなったら二人みたいになんでも出来るようになりたいと思ってる。
ココならいつも触らせてもらえないような工具も落ちてるし、棚とか引き出しとか探せば釘やなんかもたっぷりある。『危ないから触るな』とか誰も言わないし、好きなだけ好きなようにやれる。道具も釘も、ときどきちょっと錆びてるけど、そういうの磨くのも楽しい。
汗をいっぱいかいたので、リュックから水筒出して、ぬるい麦茶をごくごく飲んだススムは早速、夏休み前からやってる道具箱作りに取りかかった。
電気が通ってないし、窓は2階にしかないから倉庫の中は薄暗い。
夜になると真っ暗になっちゃうから作業出来なくなる。やり始めると、時間もなにもかも忘れて夢中になるススムには、お日様がちょうど良いタイマーみたいなもんだった。
そんな至福の時間が、突然破られたのは、虫の声しか聞こえないはずの倉庫に声が響いたからだ。
「おいおまえ!」
ビックリして顔を上げると、倉庫の中は少し明るくなってた。
いつのまにか表のおっきなドアが開いて、光を背に、小さな影と大きな影が見える。
「そこでなにしてる! ここはぼくんちのだぞ!」
小さな影が、甲高い声を上げてた。
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