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タイホ
「きみんち……」
「そうだ、ぼくんちだ!」
ココが? ぼくんち?
なに言ってンだろ。
ボーッとしてたら小さな影がツカツカ寄ってきて、うずくまって作業してたススムを見下ろした。
おんなじくらいの子供。
見たこと無い顔だ。
大きな目が、ものすごく怒ってる感じで、こっち睨んでる。
怒ってるんだけど、分かるんだけど、でも――――
「……誰?」
ススムが思わず聞くと、
「おまえこそ誰だよ!」
また甲高い声が響く。
ボーッとしたまま「照井ススム」と答えたのに
「知らないよ誰だよ!」
まだ怒ってる。
ゼンゼン知らない子だけど、すごく怒ってるっぽいけど、デッカイ目が、なんかキラキラして、髪とか茶色っぽくて、服もカッコ良くて、町で見る子とはゼンゼン違って……なんでこんな、テレビで見るような子がいるんだろう、なんて不思議で
「誰……?」
もう一回聞いたら、その子は「オオトリだっ!」また甲高い声を張り上げた。
「オオトリ テツヤ! ココはうちのだぞ!」
そう叫んで、ススムをドンと押したので、尻餅ついちゃった。
なんとなく作業箱を守る感じで持ち直し、立ち上がりながらススムは言った。
「でも、誰もいなかった。ずっと」
「いなくてもうちのなんだよっ!」
「きみ、この町の子かい?」
いつのまにか近くまで来てた大人の男の人が言った。
「そう。……です」
知ってるおじさんとかじゃない大人と話すとき、ちゃんとしないといけない。そう思いだしながらススムは答えたけど、やっぱり気になってチラッとオオトリテツヤを見た。
すごく怒ってる感じだけど、ゼンゼン怖くない。背の高さは同じくらい、ていうかちょっとススムの方が大きいし。
なん年生かな、なんでこんなにキラキラしてるんだろう、なんて思ってたら、「そうねえ。うん」男の人の声が聞こえた。
見上げると、困ったみたいな顔になってるので、ススムもなんか困って眉尻が下がる。
「30年くらい放置してたしね。けど、うーん、……フホウシンニュウって分かるかな?」
「……フホウ……?」
「ひとの土地に、勝手に入っちゃいけないって法律があるんだ」
「ほ……法律……」
「そう。勝手に入ったりすると、お巡りさんに怒られるんだよ」
「お巡りさん……?」
男の人はなにも言わずに、困ったみたいな顔のまま少し笑った。すると「そうだぞっ!」オオトリテツヤがまた声を張り上げる。
「警察来て、つかまっちゃうんだ! おまえタイホだぞ!」
ニィッと笑いながら言ったから、ドキンとして「えっ……?」ススムの声は裏返った。
つかまっちゃう?
町の駐在さんは優しいけど、悪いことすると、すっごく怖いって聞いたことがあった。
ススムはゼンゼン想像出来なかったけど、駐在さんが怒ったらピストルだって持ってるし、絶対逃げれない。
タイホ……手錠とか……そんで牢屋に……どうしよう……!
ゾクッとして手が震え、もうすぐ完成する作業箱が床に落ちて、小さくない音を立てた。
「あっ……」
「やなら今すぐ出てけよっ!」
怒った声が続いたけれど、慌てて屈んで拾う。なんか飛んだみたいに思った。周りをきょろきょろ見回す。
「なにやってんだよっ!」
また怒鳴った。けどそれどこじゃない……あった!
パーツがひとつ外れて、離れたトコに飛んでた。自分で切り出して削って作ったパーツだ。すぐ拾ったけど、ちょっと欠けちゃってた。
ココに落ちてた木にイイ感じのがあったから、なんか作ろうと思って。
葉っぱに虫が乗ってる感じにしようと決めて、形も色々考えて、でも削李始めたら木はすごく堅くて、やり方に慣れるまで削るのも大変だった。慣れても細かいトコとかめちゃ難しくて、でも頑張って形作って、ちゃんと仕上げしようと思って、丁寧にヤスリかけて、うちから塗料持って来て塗装して……
うまく出来たんだ。めっちゃイイ感じに出来た。
だからコレにくっつけようって……。そしたらコレ、すっごくカッコ良くなるって、思って、なのに、せっかくカッコ良く出来たのに……
――――くっつけようなんて思わなかったら良かった……
「なんか言えよっ! なにやってんだって聞いただろっ!」
「これ……作って……」
「なに勝手に作ってんだよ! うちだって言っただろっ」
「自分で、作って……コレ、うまく出来……頑張ったのに……」
パタパタ、となにかが、壊れたパーツに落ちる。
そこが水玉みたいに色が変わって、濡れてく
「おいおい、大丈夫だよ、つかまったりしないよ。てっちゃん、ヘンなこと言っちゃダメだよ」
慌てたみたいに男の人が言った。
「ねえきみ、泣かないでくれないかな」
落ちたのが涙で、泣いちゃってるんだと思ったら、もっといっぱい涙が出てきた。
「こわれちゃった」
もうなんか、すっごい悲しくて、とまんなくて、こわれちゃった、こわれちゃった、とか言いながら、ボロボロ涙出て……
「おいおまえ!」
オオトリテツヤの声。
「くっつければ良いだろっ!」
「え……」
ギュッと目を瞑っちゃってるから、なに言ってるか分かんない。パーツ握ったままの手で目をゴシゴシ擦った。
「オレ、くっつけるのうまいんだぞ。直してやるよ」
「……え?」
見たらオオトリテツヤは怒った顔のまま「それ寄越せ」と言った。
「でも……」
「はみ出さないように、ちゃんとしてやるって。かせよ」
言いながらススムの手から壊れたパーツをもぎ取り「待ってろ」と外に走って行く。
「てっちゃん、どこ行くの」
「明るい方がいいから」
なにが起こってるか分からず、ボーッとしてたススムも、ハッとして追いかける。外では、オオトリテツヤがしゃがみ込んでなんかやってた。男の人も手元を覗き込んでる。
「なんでボンドなんて持ってるの」
「電車の時間長いから、やろうと思ってたんだ。けど揺れるから諦めたんだよ」
「またプラモかい?」
「うるさい」
男の人が黙り、ススムも駆け寄ったら、ものすっごく真剣な横顔が見えた。
オオトリテツヤはパーツを両手で持ち、欠けたところを本体に押し付けてる。
大きな目が睨むみたいに手元を見て、じっとして……。息もつめて。
ススムも自然に息が止まる。
虫の声と、風に揺れた木々から葉擦れの音。
ススムも息を止めてた。
どれくらいそのままでいただろう。
手元からチカラ抜け、オオトリテツヤは、ほう、と息を吐いた。ススムも息を再開する。
けどオオトリテツヤの目はパーツをじっと見つめたまま。息はしてるけど、怖いくらい真剣な横顔。額に滲んだ汗が、こめかみから一筋、あごに向けて流れていくのに、ススムはなぜだか見とれてしまった。
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