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第1―11話
「本物の景くんは…」
鈴森が微笑む。
「真面目でやさしくてちょっぴり天然で純情で…恋も知らない堅物で…俺を大切に大切に抱いてくれる…」
「葵だって同じだろ?
真面目だしやさしいし…」
鈴森が芹沢を遮りピシャリと言う。
「違うよ。
俺はやさしくなんてないもん」
「そうか?十分やさしいけど…」
「さっき言ったでしょ?
景くんと俺の関係を知って傷つくヤツなんて、そんなの勝手に傷ついてればいいって。
友達だったら尚更で、何で理解してくれないのって思うし、俺と景くんの関係で傷つくなら、俺の友達なんてやめればいいんだって。
あれ全部本心だから。
俺はそういうこと思ってるんだよ。
全然やさしくないでしょ?」
「それは…」
「景くん。
お前みたいなヤツこそ面倒くさいんだよって言って一発叩いていいよ。
そしたら目が覚めるかも」
鈴森が笑おうとして果たせず、また涙を零す。
芹沢の顔から鈴森の手が外される。
鈴森はその手で今度は自分の顔を覆う。
指の隙間から涙が零れ落ちる。
「葵」
芹沢は静かに言うと鈴森を抱き寄せた。
鈴森は芹沢の胸で泣いている。
「葵はあの日…どん底だった俺を慰めてくれた。
自分の身体を使ってまで。
そんな葵はやさしいと思う。
俺が悪いんだ。
葵とのセックスに夢中になって、セフレがどういうことか考えて無かった」
鈴森がぶんぶんと首を横に振る。
そしてひどい鼻声で
「考えなくていいよ、景くん」
と言った。
「葵…」
「今まで通りでいるって言って…」
「葵を好きだっていう人が現れても…?」
「だから!
俺は誰も好きじゃない!
そんなヤツ相手にしない!」
鈴森が芹沢の首に腕を巻き付ける。
「景くん。
今まで通りでいるって言って。
お互い好きな人が出来るまで、セフレでいようって言って。
俺、これからも景くんに何も求めないから。
景くんがしたい時にセックスしてくれればいいから」
鈴森は泣きながら必死に言葉を紡いでいた。
芹沢は鈴森の一言一言が胸に突き刺さった。
芹沢は自分でも分かっている。
自分は鈴森に恋していない。
けれど抱けるなら誰でもいいわけじゃない。
鈴森だから。
あの日。
初めて挫折を知った日。
鈴森は自力でチケットを取って、わざわざ試合を観に来てくれた。
誰にも気付かれないように振る舞っていたのに、鈴森はやさしく微笑んで
『強い景くんも恰好いいけど、悔しい時は悔しいって顔しなよ』
『泣きたかったら泣けばいい。
どんな景くんも景くんに変わりはないんだよ』
と、芹沢の胸の内を理解してくれた。
だから抱けた。
それから約10ヵ月の付き合いでも、セックスしたくなれば鈴森だから誘って抱いた。
セフレだからってセックスだけのドライな付き合いじゃない。
元は親友なのだから。
セックスをする日は昼間時間があれば遊びに行って、時間が無くても夕食だけは必ず一緒に食べた。
二人の好みの店を見付けて外食をすることもあれば、鈴森が手料理を作ったり、芹沢も手料理を作ったり。
デリバリーで済ます時も、二人で真剣にメニューを吟味したり。
セックスの前のシャワーは別々に入っても、終わった後はいつも一緒だった。
お互いの身体を洗いあったりして、どちらかが感じてしまうと浴室でもまたセックスしてしまったり。
芹沢は遅くなっても鈴森の家には泊まらず終電で自宅に帰るので、それまで時間がある時は二人でゲームをやったりアーティストや映画やお笑いのDVDを観たりして過ごす。
逆に時間が無くて、芹沢が濡れた髪のまま鈴森の部屋を飛び出すこともあった。
鈴森が笑ってキャラクター柄のタオルを芹沢に持たせる。
芹沢も「しょーがねーなー」と笑ってタオルを受け取り、コーポの階段を下りる。
そして道路に出るとコーポに振り返る。
鈴森が2階の窓から手を振っている。
芹沢も片手を上げると、コーポに背を向けタオルを握ったまま駅までの道を走る。
そして次に鈴森のコーポに行く時の芹沢のリュックの中には、前回借りたキャラクター柄のタオルを綺麗に洗っておいた物と芹沢が買った新しいキャラクター柄のタオルが入っている。
鈴森は芹沢が新しいタオルを渡すと必ず「今日はお風呂ギリギリに入ろっ!」と言って嬉しそうに笑う。
「友達以上恋人未満か…」
芹沢はポツリと呟いた。
「…なに…?」
鈴森は芹沢の首にしがみついてまだ泣いている。
「俺達の関係…。
セフレっていうかそっちかなって…」
「だから…重い?」
「え?」
「友達以上恋人未満じゃ重くて…景くん俺とセックスするの嫌になった…?」
「葵…そうじゃない」
「これからは気を付けるから…。
景くんのしたいようにしてくれていいから…」
鈴森が涙でつかえながらやっと言う。
芹沢は鈴森の震える身体を抱きしめた。
「違うんだ、葵。
俺は葵だから抱けたんだ。
親友の俺達の…友達以上恋人未満のセフレの付き合いが楽しかった。
だからズルズルと葵との関係を続けてしまった。
葵がやさしかったから甘えてたんだ。
でも…」
「いや!」
鈴森が叫んだ。
「それ以上聞きたくない!」
「…葵…」
「俺の気持ちはもう言ったよ!
景くんだって俺とセフレで楽しかったって言った!
もういいでしょ!?
この話は終わり…終わりにして、今まで通りでいるって言って…!」
鈴森が涙でぐちゃぐちゃの顔で芹沢を見上げる。
小刻みに震える唇。
捨てられた子犬のような悲しげな眼差し。
鈴森の涙で濡れた芹沢のシャツの冷たさ。
芹沢はその全てに負けた。
芹沢が片手で鈴森を抱いたまま、片手で鈴森の頬を拭う。
「…分かった。
この話は終わり。
今まで通りだから、もう泣くな」
「景くん…!」
鈴森が芹沢の手の中で嬉しそうに小さく笑う。
涙がまたポロポロと零れて芹沢の指を伝い、落ちる。
「景くん…キスして…」
鈴森が瞼を伏せる。
芹沢がそっと唇を重ねる。
芹沢は知らない。
それがどんなに残酷な口づけなのか。
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